
AI導入は焦らず「半径5メートル」から。普通のチームを天才集団に変える、「創発循環モデル」の実践
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生成AIへの関心が高まり、多くの企業がAIツールの導入を本格的に始めようとしています。しかし、「導入してみたものの、なかなか現場に定着しない」「ツールを入れただけで終わってしまっている」という声は、多くの組織で共通の悩みになっています。
前編では、『そして僕たちは、組織を進化させていく』の著者でもある株式会社hint代表の斉藤徹氏に、AI導入の失敗の多くは「組織文化」に原因があること、そしてシリコンバレーの「タイニーチーム」のような少人数の創発チームを目指すべき理由について伺いました。
後編では、「組織のAIぐるぐるモデル」を回す土台となる「関係性の質」の重要性と、組織の暗黙知をAIで形式知に変えて競争優位を築くための「共鳴化」と「プライベートAI」、そして経営者が明日から始められる具体的な行動について伺います。
目次
AI時代こそ「関係性の質」が起点。心理的安全性がやる気を引き出す
――前編では、AI時代の成長サイクル「組織のAIぐるぐるモデル」について伺いました。この循環の起点となるのはメンバーの「やる気」ですが、それを引き出すにはどうすればよいのでしょうか。
株式会社hint代表 斉藤徹氏(以下、斉藤):おっしゃる通りです。そして、その「やる気」の土台となるのが、先ほどお話しした「関係性の質」になります。
私の前著『だから僕たちは、組織を変えていける』で紹介した「成功循環モデル(ダニエル・キム氏提唱)」という理論があります。これは、組織を良くするためには「結果」から入るのではなく、「関係性」から入るべきだという考え方です。

「数字を上げろ」「結果を出せ」と結果だけを求めると、メンバーはプレッシャーを感じて関係性が悪化して思考が受け身になり、行動しなくなって、結果的に成果も下がってしまいます(失敗循環)。
逆に、まずは心理的安全性を高めて「関係性の質」を良くすると、メンバーは前向きに考えるようになり(思考の質)、自発的に行動するようになり(行動の質)、それが良い結果につながり(結果の質)、さらに信頼関係が深まるという「成功循環」が生まれます。
――「関係性の質」を高めるというのは、具体的にどのような状態を目指すのでしょうか。
斉藤:誤解を恐れずに言えば、メンバー同士が「友達」のような関係になることです。
一昔前のビジネスの常識では、職場で友達のような関係になることは批判されがちでした。リーダーはメンバーと距離を置いて弱みを見せないことが「プロフェッショナル」だとされたのです。その方が、上意下達で組織を「統制」しやすかったからです。
しかし、AI時代にはその常識が逆転していると考えています。AIが台頭する知識社会において、人間が生み出すべき最も重要な価値は「ひらめき(アイデア)」です。そして、質の高いひらめきは、互いに警戒し合っている緊張した場からは決して生まれません。
言いたいことを何でも言い合える「友達」のような関係性があって初めて、会話のキャッチボールが弾み、AIも巻き込んだ「創発」が生まれるのです。
実際、シリコンバレーで急成長しているタイニーチームを見ていると、彼らはまさに友達同士のようなフラットでオープンな関係性で、ゲームを楽しむかのように開発に没頭しています。
――AIという最新技術を扱う際も、結局は「人間関係」というアナログな部分がスタート地点になるのでしょうか?
斉藤:そうですね。最優先すべきはツールの導入ではありません。メンバーが主体性を発揮できる「関係性の質」の向上です。なぜなら、AIはあくまで、人間の能力を増幅させるツールに過ぎないからです。
使う側の人間が萎縮していたり、「やらされ仕事」として取り組んでいたりすれば、AIを使っても凡庸なアウトプットしか出てきません。その一方で、主体性を持って行動する人がAIを使えば、それは強力なパートナーとなります。
だからこそ、経営者が最優先すべきは、高額なツールの導入やスキルの研修よりも、メンバーが本音で語り合える土壌づくりです。人間関係という基盤を整えることこそが、AIを活用した組織へと進化するための最短ルートなのです。
知識創造のボトルネックを解消する、AI時代の「共鳴化」プロセス
――「組織のAIぐるぐるモデル」の循環のなかで、AIは具体的にどのような役割を果たすのでしょうか?
斉藤:ここで重要になるのが、私が提唱している「共鳴化(Resonation)」という概念です。これは、AIの介在によって知識と経験が結びつき、新たな価値を生み出すプロセスのことです。
経営学者の野中郁次郎氏が提唱した「SECIモデル」という考え方があります。個人の「経験や勘(暗黙知)」を対話によって「言葉や図(形式知)」へと書き出し、それらをマニュアルやデータベースへと体系的に組み込む(連結化)。さらに、共有された知識を各人が現場で実践し、自らの知恵として深く吸収する(内面化)。この絶え間ない知識創造のプロセスを指します。
従来の組織では、マニュアルやデータベースを作る「連結化」に多くの時間と費用がかかっていました。
――確かに、マニュアルは作成に手間がかかる一方で、現場で十分に活用されないこともありますよね。
斉藤:その通りです。しかし、AIの登場によって状況は大きく変わりました。AIを活用すれば会議の録音データやチャットのログを読み込ませるだけで、文脈を理解して必要な知識を引き出せるようになります。
つまり、人とAIが対話することで、暗黙知をすぐに組織全体で活用できる知識へと変えられるのです。これが「共鳴化」です。
「共鳴化」によって、SECIモデルのサイクルを短縮し、「やる気・知識・ひらめき」の循環を速く回せるようになります。これが私の考える「新しいSECIモデル」です。

――「共鳴化」によってSECIモデルが加速するということですが、「やる気」と「知識」はどのように「ひらめき」へとつながっていくのでしょうか?
斉藤:「ひらめき」の鍵となるのが「創発循環モデル」という考え方です。これは、「やる気をつくる外側の循環」と「知識をつくる内側の循環」、二つの環が重なって回ることで、初めて「ひらめき」が生まれるという仕組みです。
外側の循環は「成功循環モデル」です。関係の質が高まると思考の質が上がり、行動の質が変わり、結果の質が上がる。その結果がまた関係の質を高めるという、人間的でヒューマンな流れです。内側の循環は「SECIモデル」で、個人の暗黙知を言語化・共有・体系化していく、いわば組織の神経回路のようなものです。
そして、この二つの循環をつなぐ接点が「共鳴化」です。人とAIが対話することで実践知が積み上がり、外側のやる気の流れと内側の知識の流れが互いに増幅し合うようになる。その交差点から、思いもよらない「ひらめき」が生まれます。

改めて整理すると、成功循環モデルで「やる気」が生まれ、SECIモデルで「知識」が生まれ、創発循環モデルでその両者が共鳴することで「ひらめきの連鎖」が起きる。この三層の好循環こそが、「組織のAIぐるぐるモデル」の正体なのです。
自社独自の強みをAIに。競争優位を築く「プライベートAI」の構築
――「共鳴化」によって蓄積された知識は、企業にとってどのような価値を持つのでしょうか?
斉藤:それこそが、企業の競争優位につながる「プライベートAI」の構築です。現在、多くの企業がChatGPTなどの「パブリックAI」を活用しています。
もちろん、これらも生産性向上には役立ちますが、誰でも使える汎用品であるため、それ自体では他社との差別化にはなりません。ハーバード大学の研究でも指摘されているように、パブリックAIはやがて一般化し、持続的な競争優位にはつながらないのです。
その一方で、自社固有のデータや暗黙知を学習させた「プライベートAI」は違います。例えば、ベテラン営業担当者が持つ「この顧客の決裁者は誰か、どの課題に関心があるか」といった背景情報や、熟練の職人が持つ「うまくいくコツ」などは、その企業だけの大切な資産です。
――そうした独自の「暗黙知」をAIに実装することで、他社が模倣できない強みを作ることができるのでしょうか?
斉藤:その通りです。社内の会議や商談の音声を録音し、文字起こししてAIにインプットし続けることで、AIに組織独自の実践知が蓄積されていきます。
新入社員がそのプライベートAIに質問すれば、ベテラン社員の経験に基づいた最適なアドバイスが瞬時に返ってくるのです。まるで「業務の達人」が隣にいて、いつでも相談できるような状態をつくれます。
全社一斉導入はNG。「半径5メートル」のタイニーチームから成功を広げる
――自社でAIを導入するとなると、何から始めればよいか迷う経営者も多いのではないでしょうか?
斉藤:経営者はトップダウンで全社一斉に導入しようとしますが、組織には温度差があります。「無関心ゾーン」や「順応ゾーン」にいる社員にいきなりAIを使わせようとしても、反発を招いてしまいます。
組織変革の鉄則は、「小さく始める」ことです。まずは社内で、AIを活用して業務を変えたい人を募ってみてください。どんな組織にも「2:6:2の法則」があり、上位2割ほどは変化に前向きな人がいます。
このようにして集まった、やる気のある数名〜10名程度のメンバーで「タイニーチーム(小規模チーム)」を結成します。経営者自身もそのチームに加わり、まずは自らAIを積極的に活用してみることが大切です。
――AI推進チームを立ち上げる際、優秀な人材を集める以外に注意すべき点はありますか?
斉藤:経営者はせっかちなので、やる気のあるメンバーだけでなく、「この人も重要だから」と忙しい幹部やエース社員を指名してしまいがちですが、これは失敗の元となります。
多忙で熱量のない人が混ざると、やる気のあるメンバーの貴重なエネルギーが、その人の「メンテナンス(調整や説得)」に奪われてしまうからです。
――どのような選抜方法が理想的なのでしょうか。
斉藤:あくまで「挙手制」で、高い熱量を持ったメンバーだけで始めることが重要です。人数は5人、多くても10人程度で構いません。
阿吽の呼吸で動ける少人数の「タイニーチーム」から始め、余計な調整コストをかけずに成功事例を積み上げることが、結果として全社導入への最短ルートになります。
――具体的には、どの程度の範囲から着手すべきなのでしょうか?
斉藤:まずは半径5メートルの範囲で成功事例を作ることをおすすめします。「AIを使ったらこんなに仕事が楽になった」「こんなに面白い成果が出た」という事実を作るのです。
そうすると、様子を見ていた中間層も「楽しそうだ」「自分たちも挑戦してみたい」と関心を持ち始めます。全体の3分の1ほどまで熱が広がれば、「ティッピングポイント(転換点)」を超えて組織全体が一気に変わり始めます。焦らず着実に共感を広げていくことが、結果として最も近道になるのです。
まずは経営者自身が、AIを誰よりも積極的に触るべき
――最後に、組織の進化を目指すリーダーへのメッセージをお願いします。
斉藤:経営者の皆さんにまずお伝えしたいのは、「まずはご自身でAIを触ってみてください」ということです。部下に「AIを使え」と指示を出す前に、自ら使ってみてください。
実は、経営者こそ行動力のある方が多く、使い始めると誰よりもAIを使いこなせるようになることも少なくありません。そのうえで、リーダーが取り組むべきは「環境づくり」です。メンバーを信頼し、失敗を恐れず発言できる心理的安全性を整え、一人ひとりの内発的動機に火をつけていってください。
「良好な関係性」と「高い目的意識」がそろった環境にAIを取り入れれば、普通のメンバーで構成された組織でも、大きな成果を出せるようになります。
私の新著『そして僕たちは、組織を進化させていく』では、架空の企業「富士工業」を舞台に、無気力な組織がAIを活用して生まれ変わっていくストーリーを描きました。また、その変革を成功循環モデルを基に、100日間で実現するための具体的なガイドも公開しています。
最初は「1on1」で個人の強みや意味を見つけ出し、次に「チームミーティング」で関係性を深め、そこからAIを活用した知識創造へとステップアップさせていく。このプロセスを丁寧に踏めば、どんな組織でも変わることができると信じています。
取材・文:小町ヒロキ









