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最初から完璧を目指さないスキルベース組織の始め方

最初から完璧を目指さないスキルベース組織の始め方

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深刻な人手不足という荒波に直面する日本企業において、今いるメンバーのスキル・経験を掘り起こし、最適に配置する「スキルベース組織」が新たな解決策として注目されています。

本インタビューでは、25年以上にわたり組織人事変革に携わり、日本初の包括的な解説書『スキルベース組織の教科書』の監修も務める、EY Asia East / Japan ピープル・コンサルティング リーダーの鵜澤慎一郎氏に話を伺いました。

可視化したスキルを評価や給与といった制度にどう組み込むべきか、業界・職種ごとの向き不向きと活用の勘所、そして「ミスマッチをなくす」ことを起点とした「適所適材」の徹底が、いかに生産性向上につながるのかについて迫ります。

可視化を目的化しない。配置と育成に活かす運用のコツ

――スキルの可視化を形骸化させないために、目的を明確に絞り込むことの重要性について教えてください。

EY Asia East / Japanピープル・コンサルティング リーダー 鵜澤慎一郎氏(以下、鵜澤):スキルを可視化すること自体を目的にしてはいけません。まずは「なぜ『スキルベース組織』を目指すのか」「可視化したデータを何に使うのか」という根源的な問いをはっきりさせることが重要です。

日本企業であれば、主に「ジョブマッチング(異動・配置)」と「人材育成」の2つを目的に据えると良いでしょう。この目的が揺らぐと、せっかくのデータも活用されずに終わってしまいます。

――具体的に、育成の現場ではどのような変化が期待できるのでしょうか?

鵜澤:具体的な根拠に基づいた、納得感のあるキャリア形成が可能になります。これまでは、上司が自身の過去の成功体験から「次はこれを経験した方がいい」と漠然としたアドバイスをすることが多くありました。

しかし、スキルベースであれば「3年後にマーケティングに行きたいなら、今の営業スキルの他にこの研修を受けてみよう」といった対話ができるようになります。データがあることで、より建設的なアドバイスができるようになるのです。

現場の体温を上げる運用。評価・給与に直結させるべきかの判断基準

――評価に取り入れる際、その精度や公平性が気になるところですが、どこから始めればよいのでしょうか?

鵜澤:評価の精度を不安視する声は多いのですが、最初は「本人の自己評価」で完結させてもいいと割り切ることが大切です。仮に自己評価で高すぎる点数がついたとしても、それは一つのデータになります。面談などを通じて本人が点数を修正していくなかで、数値は自然と適正なレベルに収束していくものと考えています。

最初から完璧な仕組みを追い求めるのではなく、まずは自己評価をベースに運用を回し始めることが、スキルベース組織を全社へと定着させていくための確実な第一歩となります。

――可視化したスキルを、最終的には人事評価や給与といった制度に直結させるべきなのでしょうか?

鵜澤:企業の目的にもよりますが、評価や給与への反映については非常に慎重に判断すべきだと考えています。安易に直結させるのではなく、まずは活用の目的を明確にすることが重要です。

もし、スキルベースの情報を「育成」や「最適な配置」に向けた対話のツールとして活用するのであれば、その運用は比較的シンプルに進められます。例えば、5段階評価を導入する場合でも、「1はビギナー、5はエキスパート」といった大まかな定義さえあれば、十分に運用が成り立ちます。

――可視化したスキルを、実際に評価や給与にまで連動させる場合、どのような準備や覚悟が必要になりますか?

鵜澤:その場合は、配置や育成の「対話ツール」として使うのとは、全く別の運用が必要になります。昇格や給与に関わるのであれば、「レベル5とは具体的にどういう状態を指すのか」を、誰が見ても明らかなほど厳密に定義しなければなりません。

さらに、公平性を保つためには本人の自己評価だけでは不十分です。上司や人事による「スキル判定会議」のような仕組みを設け、客観的な妥当性を担保するプロセスが不可欠です。

こうした仕組みを維持する運用負荷は極めて高いため、多大なコストをかけてまで制度の深部まで踏み込むべきか、自社の事業特性に照らした経営判断が必要になります。

――「スキルベース組織」はあらゆる企業に有効だとお考えですか?

鵜澤:まず前提として、スキルベース組織は決して万能ではありません。業界や職種によって、向き不向きという制約条件が明確に存在します。

適しているのは、テクノロジー、金融、ライフサイエンス、プロフェッショナルファームといった業界です。これらの共通点は、業界内での人材流動性が高く、「業界標準」のジョブ体系やスキル体系が一定存在することです。

また、エンジニアなどのデジタル職に代表されるように、「保有しているスキル」と「発揮される成果」が比例しやすい職種も、スキルベースとの相性が非常に良いといえます。製造現場やビルメンテナンスのように、作業手順が標準化され、「できる・できない」が明確な職種も同様です。

――逆に、慎重に検討すべき業界や職種は何でしょうか?

鵜澤:自動車、製造、運輸、不動産開発といった業界は、人事制度の深部までスキルベースを取り入れるには注意が必要です。これらの業界は個社ごとの独自性が強く、業界横断の汎用的なスキル定義は簡単ではありません。

これは現場のスキルそのものが可視化しにくいという意味ではなく、あくまで共通の制度・スキル体系を組むのが難しいという制度設計レベルの話です。

また、職種という観点では、営業やマーケティングも難易度が高い領域です。これらは一定のスキルを持っていても、「実際にやらせてみないと成果がわからない」という性質が強く、スキルと成果の因果関係が見えにくいからです。

とはいえ、「業界として向いていないから、自分たちには関係ない」と切り捨てる必要はまったくありません。こうした領域でも、いきなり評価や給与に紐づけようとせず、まずは上司と部下の「キャリア対話のツール」としてスキルの可視化から始めれば十分に効果があります。まずは、対話の共通言語をつくるところから着手してみてください。鵜澤様

社員が自発的に学ぶ仕掛け! 社内に競争原理を生み出す仕組み

――社員が自発的に「このスキルを磨きたい」と思えるような、動機づけの仕掛けはありますか?

鵜澤:あるグローバルメーカーで行われている取り組みをご紹介します。

それは「社内で活躍しているロールモデルが、過去にどのようなステップで何を学んできたか」を可視化することです。現在の輝かしい活躍ぶりだけでなく、そこに至るまでにどのような知識を身につけてきたのか、そのプロセスを明らかにします。

これにより、若いメンバーが「これほどの実績を持つすごい人でも、今なお新しいことを学び続けているのか」という事実に触れることができ、社員の内発的な動機づけが促されるのです。

会社から「これを学びなさい」と受動的な指示を受けるよりも、自ら「あの人のようになりたい」と気付き、主体的に学び続けるようになります。こうした自発性を引き出す仕掛けが、これからの組織には不可欠です。

――会社主導ではなく、個人の意思を尊重する仕組みが大事なのでしょうか?

鵜澤:そうですね。これからの時代、企業が一方的に出す「会社都合の辞令」だけで人を動かすことは、ますます難しくなっています。そこで有効なのが、社内公募制度を活用した「タレントマーケットプレイス」という仕組みです。

これは、空いているポジションと、そこに必要とされるスキル要件を社内に公開し、社員が自らの意思で手を挙げる仕組みです。いわば、社内に外部の転職市場のような競争原理を持ち込むことを意味します。

この仕組みが導入されると、人材を欲しがる部門のリーダーは「うちの部署に来れば、このような成長機会やキャリア上のメリットがある」と、自らの部署の魅力を高める努力を必死に行うようになります。

――社内でも人気のある部署と、そうでない部署が明確に分かれそうですね。

鵜澤:おっしゃる通りです。なかなか人が集まらない部署があれば、それはたとえ事業内容が重要であったとしても、マネジメント層の振る舞いや組織風土に何らかの課題があるという明確なサインになります。リーダーは自らのマネジメントスタイルを変革しなければ、優秀な人材はどんどん他部署へ流出してしまうのです。

このように市場原理に近い仕組みを社内に取り入れ、いかに良い人材を集めて活躍してもらうかを各部門が競い合う環境が醸成されます。それこそが、組織全体の活力を引き出し、健全なダイナミズムを生み出していくのです。

――とはいえ、人気部署に人材が集中し、特定の現場が回らなくなる懸念もありそうです。経営層はどうフォローすべきでしょうか?

鵜澤:たしかに、市場原理に任せきりにすれば、人が抜けて立ち行かなくなる現場は出てきますが、そこを補うのが経営層の役割です。

事業継続に欠かせない現場については、公募で人が流出しても穴が空かないよう、経営層が優先的に人員を手当てしたり、異動のタイミングを調整したりする必要があります。社内公募の自由度は保ちながら、止めてはいけない現場は経営層が責任を持って支えるという、この両輪を回すことが重要だと考えています。

スキルは一次情報。AI時代にも変わらない「人による最終判断」

――AIによるスキルマッチングの精度が向上すれば、最終的な人材配置まで自動化できるのでしょうか。

鵜澤:悩ましい部分ではありますが、やはり完全な自動化は現実的ではなく、スキルはあくまで確度の高いマッチングを行うための「一次スクリーニング情報」に過ぎないと考えています。

我々のようなプロジェクトベースで動くプロフェッショナルファームでも、スキルが合致したからといって、機械的に明日からアサインが決まるわけではありません。候補者と実際に面談を行い、本人の志向性やコミュニケーション能力を直接確認した上で最終決定を下します。テクニカルスキルを前提としつつも、ヒューマンスキルを含めて総合的に判断するという人間的なプロセスは、AI時代になっても決して変わりません。

――特に経営層などの重要なポジションでは、スキル以外の要素も求められそうですね。

鵜澤:おっしゃる通りです。次の社長や執行役員を選ぶといったハイレイヤーの配置においては、「スキルを持っていることは大前提」となります。そこで問われるのは、倫理観やこの会社を変えたいという強い熱量、野心といった、見えにくい「資質(ポテンシャル)」の部分です。

こうしたデータ化しにくい要素を見極め、責任を持って意思決定できるのは、AIではなく人だけなのです。

――「資質」のような見えにくい要素を可視化し、対話に活かす事例があれば教えてください。

鵜澤:ある企業では、社員の「価値観ワード」をデータ化し、キャリア面談のきっかけにするユニークな取り組みを始めています。

例えば、「達成意欲」を重視する上司と、「チームでの調和」を重視する部下とでは、仕事に対する価値観が根本から異なります。世代間のギャップも広がるなかで、こうした個人の深いこだわりや価値観を客観的なデータとして把握し、対話のきっかけにすることは非常に重要です。

スキルという共通言語をベースにしつつ、さらに一歩踏み込んで「個人の資質」を可視化して対話に活かすことが、これからの「スキルベース組織」における、より進んだアプローチだと言えます。

ミスマッチの回避こそ最大のリターン! 「適所適材」で高める生産性

――最後に、スキルベース組織の構築が最終的に企業の「生産性向上」にどう寄与するのか教えてください。

鵜澤:生産性向上というと、12時間かかっていた仕事を8時間で終わらせるといった「効率性の追求」ばかりに目が向きがちです。しかし私は、「ミスマッチを避けること」こそが最大の生産性向上だと考えています。

適任でない人を配置してプロジェクトが滞れば、組織全体の生産性は大きく低下してしまいます。従来の「人ありき」で配置を決める適材適所から、ポジションの要件に合わせて最適な人材を配置する「適所適材」へと発想を転換することが、結果としてパフォーマンス向上に直結するのです。

――特に人手不足に悩む企業にとっては、切実な課題ですね。

鵜澤:そうですね。人手不足が深刻化し、外部から最適な人材を自由に選ぶことが難しい時代となっている今、まずは社内にいる人材のスキルを正しく把握する必要があります。

そのうえで、組織全体でこの「適所適材」を徹底し続けていかなければなりません。そうした最適配置を繰り返していくことこそが、企業全体の生産性を高める確実な道筋になると考えています。

(前編はこちらから)
取材・文:小町ヒロキ

話し手
鵜澤 慎一郎
EY Asia East / Japan
ピープル・コンサルティング リーダー

EYのAsia-Eastエリアとジャパンのピープル・コンサルティングリーダーを務める。事業会社およびコンサルティング会社で25年以上の人事変革経験を持ち、専門領域は人事戦略策定、HRトランスフォーメーション、チェンジマネジメント、デジタル人事。グローバルトップコンサルティングファームのHR Transformation 事業責任者やアジアパシフィック7カ国のHRコンサルティング推進責任者経験を経て、2017年4月より現職。主な共著に『HRDXの教科書 - デジタル時代の人事戦略』(日本能率協会マネジメントセンター)、『人的資本経営と情報開示 先進事例と実践』(清文社)、監修に『スキルベース組織の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。