
人的資本経営とは?そのメリットと組織を進化させる取り組み方
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人的資本経営は、人材を単なるコストではなく投資対象と捉え、企業価値の向上につなげる経営手法として注目されています。少子高齢化や働き方の多様化、DXの進展など、企業を取り巻く環境が大きく変化する中で、従来の人材戦略だけでは限界を感じている企業担当者も少なくありません。
この記事では、人的資本経営の基本的な考え方や背景、伊藤レポートで示された指針、情報開示の義務化とその内容を整理します。さらに、具体的な情報開示項目や企業事例、人的資本経営の効果や注意点までをわかりやすく解説し、実務に生かせるポイントを提供します。
目次
企業価値向上につながる、人的資本経営とは?
人的資本経営とは、人材を企業の資本と位置付け、その能力を最大限に発揮させることで中長期的な企業価値の向上を図る経営の在り方を指します。従来のように人材をコストとして扱うのではなく、知識やスキルを未来への投資と捉える点が大きな特徴です。
また、この手法は従業員一人ひとりの経験や強みを活かし、組織全体のパフォーマンス向上につなげることを目的としています。経営戦略と連動した人材施策を実行することで、企業は持続的な成長を実現できると考えられています。
人的資本経営の重要な指針「伊藤レポート」
人的資本経営が注目されるきっかけとなったのが、経済産業省が2020年に公表した「人材版伊藤レポート」です。企業の持続的成長には人材への投資が不可欠であると明示し、人材を資源ではなく資本として捉える視点を提示しました。
その後、2022年には「人材版伊藤レポート2.0」として改訂版が公表され、経営戦略と人材戦略の一体化や現状と理想の差を定量的に把握することの意義が強調されました。この中で示された「3P・5Fモデル」は、人的資本経営を実践する際の視点と要素を体系化したフレームワークです。
また、報告書は企業文化への定着や従業員エンゲージメントの向上といった観点も重視しており、単なる施策の導入にとどまらず、長期的に企業価値を高める仕組みづくりを求めています。こうした提言は、現在の情報開示義務化の流れにもつながり、日本企業の経営の方向性に大きな影響を与えています。
従来の人材戦略との違い
従来の人材戦略では、人材は「資源(リソース)」と捉えられていました。企業にとって人材はコスト管理の対象であり、いかに効率的に管理するかに重点が置かれていました。このアプローチでは、人材の能力やスキルの向上は必ずしも優先事項とはされず、短期的な利益追求に重きが置かれていました。
人的資本経営では、人材を「資本」と捉えます。人材に対して積極的に投資を行い、価値を引き出し、それによって企業全体の成長を目指します。人材を単なるコストとしてではなく、企業の発展に寄与する重要な資本として扱うことで、従業員一人ひとりのスキルや知識、経験を最大限に活用し、企業の競争力向上を図ります。
また、従来の人材戦略では、企業と従業員の関係において、企業の方針に沿った働き方が求められる傾向が見られました。しかし人的資本経営が重視される現代においては、企業が従業員の「個の自律」を尊重するのが特徴です。
人的資本経営が注目を集めている理由
人的資本経営が注目される背景には、多様な要因が存在します。ここからは、それぞれの要因について具体的に解説していきます。
市場の成熟による競争激化
第4次産業革命(インダストリー4.0)以降、技術の進化とともに市場を取り巻く環境は急速に変化を遂げました。企業は競合他社との差別化が難しくなり、より高度な戦略と革新を必要とする状況に直面しています。
また、それらの変化は消費者の意識やニーズ、消費行動にも影響をもたらしており、企業は常に最新の技術やサービスを提供することが求められるようになりました。そのため、企業は従業員のスキルアップや新しいアイデアの導入を通じて、競争優位を維持しようと努めています。今後さらなる企業価値を創出するためには、人の力が不可欠です。
少子高齢化の影響と多様な働き方の推進
少子高齢化の進行によって労働力人口の減少が続いており、従来の人材管理では対応できない状況が増えています。特に、若年層の労働力が減少する一方で高齢者の労働参加も増加しており、企業は多様な世代が活躍できる新しい人材戦略を模索している状況です。
こうした状況を受け、企業はさまざまな働き方のニーズに応える必要があります。フレックスタイム制度やリモートワーク、パートタイム勤務など、従業員が自身の家庭環境やライフスタイルに合わせた働き方を選べるような人事制度が求められています。柔軟な働き方が選べるようになれば、個々の従業員の能力や意欲が最大限に引き出され、企業全体のパフォーマンスの向上にもつながります。
投資家の意識の変化
従来、投資家は財務指標や物理的な資産を重視していましたが、現在では人材や知的財産、ブランドなどの無形資産も含めた将来の企業価値を判断するようになっています。
その背景には、無形資産が企業の競争力を大きく左右する要素であるという認識の広まりがあります。特に、優れた人材の確保と育成が企業の長期的な成長に不可欠であることが理解されるようになり、人材育成や従業員エンゲージメントの向上が企業価値の向上に直結する重要な要素であるという理解が広まってきました。
SDGs・ESG投資の拡大
投資家の無形資産への関心が高まることにより、企業のSDGs(持続可能な開発目標)への貢献やESG(環境・社会・ガバナンス)投資も急速に拡大しています。SDGsとESGはどちらも人的資本経営と密接に関わっている重要な概念です。
SDGs
2015年に国連で採択されたSDGsは、政府や企業、NPOなどが協力して解決すべき国際的な課題を示しています。その中には教育の充実、健康の維持、多様性の推進、働きがいの確保といった人的資本と深く関わる目標が含まれています。そのため企業に対しては、人的資本経営を通じてSDGsの達成に貢献する取り組みを進め、持続的な成長と社会的責任を両立することが求められています。
ESG投資
ESG投資は企業の社会的責任に焦点を当てた投資手法であり、環境への配慮や社会的取り組み、ガバナンスの健全性が評価の対象となります。その中でも人的資本に関する要素は重要視されており、労働環境の整備や公正で透明性のある経営体制、従業員の権利保護などが投資判断の基準とされています。
DXへの意識向上
近年、企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて、業務の効率化を目指しています。DXによって定型業務の自動化が進み、人力に依存する作業は減少しつつあるため、人材の価値は従来の「業務をこなすこと」から「イノベーションを生み出すこと」へとシフトしている状況です。
従業員の創造力や課題解決力を引き出すことで、競争上の優位性を保ちながら、企業の持続的な成長を実現できます。従業員がどのようにして新しいアイデアを生み出し、それを実行するかが企業の成功のカギとなるため、その観点からも人的資本経営は重要です。
情報開示の義務化
2023年3月31日以降に終了する事業年度の有価証券報告書において、人的資本の情報開示が義務化されました。これは有価証券報告書開示義務のある企業のうち大手企業約4,000社を対象としたものです。この動きは、企業の競争力を高めるために、従業員のスキルや知識、経験などの人的資本に関する情報を公開することを目的としています。人的資本経営に対する関心を高め、従業員の育成や定着に努めることは、企業にとって不可欠な重要課題となっています。
参照元:「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等の公表について:金融庁
どのような情報を開示すべきかについては、以下で解説します。
人的資本経営で求められている開示情報のポイント
日本では人的資本経営に関する情報開示の明確な基準はまだ整備されていませんが、投資家やアナリストが注目する視点を意識することが欠かせません。例えば、重要な要素をKPIとして設定し、人的資本と企業価値創造の関係を具体的に示すことで、成長戦略をわかりやすく伝えることが可能となります。従業員のキャリア形成への関わり方や人材ポートフォリオへの考え方を示すことも必要です。
サステナビリティ全般に関する開示
サステナビリティに関する情報開示は、有価証券報告書で必須とされる重要項目です。企業は持続可能な成長に向けた姿勢を示すため、環境・社会・ガバナンスに関連する基本方針や取り組みを明確にする必要があります。
特に、ガバナンス体制やリスク管理に関する記載は必須であり、企業がどのように持続可能性の課題に対応しているかを説明することが求められます。これにより投資家は企業の信頼性を判断できます。
一方で、戦略や指標、数値目標については企業ごとの判断に委ねられています。そのため、自社の経営方針や事業特性に沿った形で情報を整理し、透明性の高い報告を行うことが望まれます。
人的資本、多様性に関する開示
人的資本や多様性に関する情報開示は、企業が社会的責任を果たす上で欠かせない要素となっています。特に、女性管理職比率や男性の育児休業取得率、男女間の賃金格差といったデータは、組織の公平性やダイバーシティ推進の姿勢を示す重要な指標です。
一般社団法人生命保険協会によると、中長期的な投資・財務戦略で重視する項目として「人材投資」を挙げた投資家は、2023年度で76.5%、2024年度は62.8%でした。これは、設備投資や IT投資などの他の項目すべてに比べて最も高い数値です。このように、投資家が企業の人材投資に強い関心を寄せるのは、優秀な人材の育成や確保が、企業の持続的な成長に欠かせないためと考えられます。
人的資本や多様性に関する情報を公開することは、投資家や社会に対して企業の人材戦略を明確に伝える効果があります。透明性を高めることで、従業員の働きやすさや成長の可能性を客観的に評価できるようになります。
参照元:「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート 2023年度版:一般社団法人日本生命保険協会(p.12)
参照元:「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート 2024年度版:一般社団法人日本生命保険協会 (p.12)
コーポレートガバナンスに関する開示
コーポレートガバナンスに関する情報開示は、企業経営の健全性や透明性を担保するために欠かせない項目です。取締役会や監査役会といった意思決定機関の活動内容を示すことで、組織がどのように統治されているかを外部に伝える役割を果たします。
さらに、内部監査の仕組みやその実効性に関する情報も重要であり、ガバナンス体制の信頼性を裏づける要素となります。経営の監督やチェックが適切に行われていることを示すことは、投資家やステークホルダーの安心感につながります。
人的資本経営に取り組むメリット
人的資本経営への取り組みは、従業員の能力向上にとどまらず、企業の持続的な成長や競争力の強化にも直結します。ここでは、その具体的なメリットについて解説します。
能力を可視化できる
従業員が保有する専門知識や技術的スキル、経験、成果などを定量的に可視化することで、その人の強みや弱みが明確になります。これにより、個々の従業員に対して適切な人材配置やキャリアパスの設定が可能となり、組織全体の生産性向上にもつながります。
従業員エンゲージメントが高まる
人材育成に投資することで従業員に成長機会を提供でき、モチベーションの維持・向上が期待できます。従業員は成長機会を得ることで成長を実感し、仕事に対する意欲を高められます。
また、従業員が自身のキャリアパスを見据えた育成プランを立てることで、企業への信頼感やエンゲージメント、帰属意識の向上といった効果も生まれます。
ブランディングにつながる
人的資本経営の取り組みが社会的に認知され、企業イメージが向上するとブランディングにもつながります。従業員一人ひとりの成長と満足度を重視する企業として、社会的な評価と信頼を得ることも可能です。
さらに、企業へのプラスのイメージは、優秀な人材を引き寄せる要因にもなります。働く環境やキャリアパスが整備されているといった認識が広がれば、優秀な人材が集まりやすくなり、人材不足の解消や企業競争力の強化も期待できます。
生産性の向上も期待できる
人材に投資し従業員のスキルアップや成長を図ることで、業務効率が改善され、生産性が向上します。例えば、研修や教育プログラムを通じて専門知識や技術スキルを習得させることは、従業員の業務遂行能力を高めます。個々の従業員がより短時間で高品質な業務をこなせるようになれば、結果として企業全体の業績向上に寄与します。
投資家からの信頼を得られる
無形資産への関心が高まっているため、人材育成や従業員エンゲージメントの向上に力を入れている企業は魅力的な投資先となり得ます。
また、企業が従業員の成長と満足度を重視し、持続可能なビジネスモデルを築いていることが評価されるため、広く社会的にも価値の高い企業として認識されるようになります。それによって企業の信頼性が向上し、投資家からの支持を得やすくなります。
人的資本経営の実現に役立つフレームワーク
人的資本経営の実現に役立つフレームワークについて、「人材版伊藤レポート2.0」で言及されているものを参考に紹介します。
参照元:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)P.8・9
【視点】3Pモデル
人的資本経営を行う上で必要な視点を示すフレームワークです。3Pの「P」は「Perspectives(視点)」の頭文字であり、以下の3つを指しています。
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is-To beギャップの定量把握
- 実行プロセスを通じた企業文化の定着
以下でそれぞれの内容を詳しく解説します。
視点1. 経営戦略と人材戦略の連動
経営戦略と人材戦略とを連動させることで、戦略的な目標達成に向けた具体的なアクションを実行できるようになります。
経営戦略では企業の長期的なビジョンや目標を設定し、達成するために必要なリソースや手段を計画します。一方、人材戦略では必要な人材の育成、採用、定着を図ります。具体的なアクションの例としては、新しい市場への進出を目指す経営戦略に基づいて、市場に適したスキルを持つ人材を採用し、必要なトレーニングを実施することが挙げられます。
視点2. As is-To beギャップの定量把握
人材戦略の策定においては、まず現在の姿(As is)と理想の姿(To be)をそれぞれ定量的に把握することが重要です。As isの評価では、従業員のスキル、知識、経験、企業文化の浸透度などをデータとして収集します。
To beの把握は、目標状態を明確に定義し、実現に必要な要素を定量的に設定します。それぞれを定量化した上で両者にどの程度のギャップが存在するのかを分析することによって、具体的な改善策を立案できます。
視点3. 実行プロセスを通じた企業文化の定着
人事戦略を企業文化として定着させ、長期的な戦略として持続可能な状態にするために必要な視点です。戦略の策定段階で、従業員の日常業務や行動にどれだけ浸透するかを見据えることが重要となります。また、戦略を実行する中で、企業理念や存在意義(パーパス)、行動指針が従業員に共有され、浸透していけば、それは企業文化として定着していると評価できます。
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【要素】5Fモデル
5Fモデルの「F」は「Factors(要素)」の頭文字から取られており、企業が持続可能な成長を実現するために必要な要素を提供します。具体的には以下の5つを指します。
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)
- リスキリング・学び直し
- 従業員エンゲージメント
- 時間・場所に捉われない働き方
以下で詳しく解説します。
要素1. 動的な人材ポートフォリオ
動的な人材ポートフォリオは、経営戦略を実現するために必要な人材の量と質を、柔軟に管理する取り組みを指します。
動的な人材ポートフォリオを構築するためには、まず経営戦略を明確にし、達成に必要なスキルや能力を特定します。例えば、新しい市場に進出する場合や新製品を開発する場合、戦略を実現するために必要な専門知識や経験を持つ人材を特定し、配置・育成します。
要素2. 知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)
多様性と包括性を推進し、異なる背景や視点を持つ人材が協力しあいながらイノベーションを促進することを指します。企業が顧客ニーズの多様化に対応するためには、多様な経験や視点、バックグラウンドを持つ人材が不可欠です。多様な視点が交わることで、従来の枠にとらわれない発想や解決策が生まれやすくなり、競争力のある新製品やサービスの開発につながります。
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要素3. リスキリング・学び直し
顧客の多様な価値観に対応するための、従業員の新たなスキルの取得や学び直しを指します。従業員が自身のスキルセットを更新しつづけることで、企業は市場の変化や新しい顧客ニーズに迅速に対応できるようになります。
企業は従業員に対して継続的な学習の機会を提供し、キャリア開発をサポートする姿勢を示さなければなりません。具体的な方法としては、社内研修の実施、外部のオンライン講習の受講支援、資格取得の奨励などがあります。
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要素4. 従業員エンゲージメント
従業員エンゲージメントは、従業員のモチベーションや満足度、一体感の度合いを測る指標です。これを高めるためには、働きやすい環境の整備・提供が必要です。例えば、従業員の意見を反映させる職場文化の構築、適切な報酬と評価制度など、多岐にわたるアプローチがあります。従業員が自身の意見を自由に表明でき、公正に評価されていると感じられ、企業のビジョンや目標にも共感できれば、企業に対する帰属意識を持ちやすくなるでしょう。
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要素5. 時間・場所にとらわれない働き方
リモートワークやフレックスタイムなど、時間や場所に縛られずに働ける制度を導入し、従業員のワークライフバランスをサポートします。
多様な働き方の実現は、優秀な人材の確保や離職防止にもつながります。従業員が自身のライフスタイルに合わせた働き方を選べることで、仕事と私生活のバランスが取りやすくなり、満足度やモチベーションが向上します。
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人的資本経営の取り組み方
人的資本経営を推進するには、企業が人材を重要な資産として位置付け、戦略に沿って育成や環境整備を進めることが不可欠です。ここからは、その具体的な取り組みの流れを段階的に解説します。
1. 経営戦略と人材戦略を紐づける
経営戦略では、企業の長期的なビジョンや目標を設定し、実現するためのロードマップを作成します。一方、人材戦略では、経営戦略を支えるために必要な人材の育成、配置、維持を計画します。そして両者の戦略を緊密に連携させることで、企業全体のパフォーマンス向上が期待できます。
近年では、この紐づけを行うためにCHRO(最高人事責任者)を設置する企業が増えています。CHROは経営視点と人事視点とを融合し、企業の戦略的目標を達成するために必要な人材の育成と配置を指導するポストです。具体的な役割としては、経営会議において人事に関する戦略的な提案を行い、人材の最適配置やスキルアップを推進します。
2. 人事施策を検討する
人事施策はあくまで投資として捉え、経営戦略の目標から逆算して策定します。例えば、新たな市場への進出を目指す場合、当該市場に適したスキルを持つ人材を育成するための研修プログラムを導入する施策が考えられます。また、技術革新を推進するための専門知識を持つ人材を採用した上で社内に技術スキルの普及を図る施策も有効です。
3. KPIを設定し、施策を実行する
KPI(重要業績評価指標)の設定によって、企業の目標達成に向けた進捗を定量的に評価し、必要な施策を明確化します。設定にあたっては、「未来志向」「経営戦略との整合性」「独自性」といった視点からアプローチし、長期的なビジョンと経営戦略を踏まえることがポイントです。例えば、従業員のスキルアップ率、社員のエンゲージメントスコア、リスキリングの完了率などであり、企業の成長に直結する具体的な目標を明確にします。
次に、設定したKPIを達成するためにはどのような施策が必要かを検討します。具体的な施策としては、従業員の研修プログラムの導入、キャリア開発の支援、柔軟な働き方の推進などが挙げられます。
4. 効果を検証し、改善につなげる
効果検証には、人事データの整理やエンゲージメントサーベイなどのアプローチがあります。具体的には、従業員のスキル向上、エンゲージメントの変化、離職率の低下などの指標を定量的に評価します。また、定性的なフィードバックを収集すれば、施策の影響を多角的に捉えられます。効果検証の結果を基に改善し、次の目標に向けた施策に取り組むという一連のサイクルが、人的資本経営の精度を高め、企業全体の成長を促します。
人的資本経営に取り組む際の注意点
情報開示が義務付けられている企業においては、情報開示を目的化しないよう注意が必要です。情報開示を目的に集計や情報収集を行うと、人的資本経営の本来の目的を見失いかねません。
人的資本経営の目的は、あくまで持続可能な企業の成長を実現させることにあります。そのため、情報開示は手段であり、目的ではない点に注意する必要があります。従業員のスキルやエンゲージメントの向上、組織全体のパフォーマンスの向上など、実質的な改善を目指して取り組むことが何よりも重要です。
人的資本経営の取り組み事例
人的資本経営は多くの企業で導入が進んでおり、その実践手法は業種や事業戦略によってさまざまです。ここからは、伊藤レポートで公開されている具体的な事例を取り上げて紹介します。
事例1. 化学製品製造業A社
化学製品製造業のA社では、経営戦略に必要な人材の質と量を毎年見直し、採用や育成に加えてM&Aや外部投資を通じた獲得にも取り組んできました。これにより、事業変革に欠かせない高度専門職やデジタル人材の確保を体系的に進めています。
加えて、独自のエンゲージメント調査を導入し、職場環境や社員の活力を数値化して改善につなげています。こうした仕組みによって、社員個々の成長と組織全体の発展を両立させ、持続的な企業価値の向上へと結びつけています。
事例2. 総合商社B社
総合商社のB社は、優秀な人材の確保や能力開発、健康維持、モチベーション向上などを戦略目標として掲げ、それぞれに対応する施策と成果目標を具体的に開示してきました。こうした取り組みによって、従業員が存分に能力を発揮できる環境が整えられています。
また、社員数に対する純利益を指標とした労働生産性を公表することで外部からの信頼を高め、その考え方を労働市場へも発信しています。これにより、優秀な人材の獲得につながる好循環を生み出してきました。
事例3. 電子機器メーカーC社
電子機器メーカーのC社では、多様性を基盤とした人事戦略を推進し、経営戦略と人材戦略を密接に結びつけるため、グループ各社にCHRO(最高人事責任者)を配置しています。この仕組みによって事業特性に応じた柔軟な人事運営が可能となり、グループ全体の成長を後押ししています。
加えて、従業員エンゲージメントの改善度を経営陣の報酬指標に反映させることで、人事施策の成果を経営に結びつけ、社員と経営陣が共に成長できる環境を築いています。
まとめ
人的資本経営は、従業員を重要な資本と見なし、その成長と価値を最大化することで、企業の持続的な価値向上を目指す施策です。従来の人材戦略では従業員を資源として捉えていたのに対し、人的資本経営では人材を投資対象として、スキルや知識を引き出して企業競争力を高めます。市場の成熟や労働力人口の減少、ESG投資の拡大などの要因によって人的資本経営の注目が高まっており、企業の持続可能な成長と価値向上のカギとなっています。
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