
製造業DXの現在地と「自律化」への道。なぜ、成果を出せる企業は“2割”にとどまるのか?
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日本の製造業は今、労働力不足とグローバル競争の激化という二つの波に直面しています。欧米や中国がAIによる製造現場の「自律化」へと舵を切るなか、日本が取るべき戦略とは何なのでしょうか。
本インタビューでは、東芝で長年デジタル事業を牽引し、現在は合同会社アルファコンパス代表CEOとして、多くのDX支援を手がける福本勲氏に話を伺いました。
前編では、国内外のDX実装の現状とAIエージェントがもたらす変革、そして経営と現場が目指すべき姿を深掘りします。
目次
成果が出ている企業は約2割。製造業DXを阻む「構造的課題」
――日本の製造業におけるDXの現状について、世界と比べてどのような状況なのか教えてください。
合同会社アルファコンパス 代表CEO 福本勲氏(以下、福本):日本の現状を見ると、DXに取り組んでいる企業自体は全体の7割から8割に達しています。しかし、製品や顧客価値の向上、あるいはプロセスの変革といった面で実際に成果が出ているのは、全体の約2割にとどまっているというのが実情です。
その背景には、世界全体で起きている大きな変化があります。
第3次産業革命では、人が考えた手順をプログラムに組み込み実行する「自動化(オートメーション)」で効率化が進められてきました。しかし現在は、AIなどを活用してコンピューターが自ら判断して実行する「自律化(オートノマス)」へと移行が進んでいます。
取り組みは進んでいても成果に結びついていない日本の構造的な問題は、この世界の変化と無関係ではありません。
――その「成果を出せている2割」と、そうでない企業の決定的な違いは何でしょうか。
福本:情報処理推進機構(IPA)が発表している『IPA DX動向2025』を見ると、大企業と中小企業で極端な差が生じています。そこが日本特有の大きな課題です。
具体的には、従業員1001人以上の大企業では96.1%がDXに取り組んでいる一方で、100人以下の企業では46.8%と半分以下にとどまります。
ドイツやアメリカのデータと比較しても、日本では企業規模が小さくなるとデジタル技術やAIの導入率が急激に下がるという特徴があります。
日本の製造業は既存の人材の能力や長年培ってきた職人の頭の中にある「暗黙知」を前提として成り立ってきたため、特にリソースの限られた小規模な現場ほど、デジタル化への構造的な制約が強く働いていると考えています。

出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025」
ドイツに学ぶ「伴走型支援」と中小企業まで変革を浸透させる仕組み
――他国の取り組みは、日本と何が違うのでしょうか。
福本:例えば、EUやドイツでは機械設備や人、工程を自律的に動く単位として定義し、それをつないでいく動きが非常に活発です。
ドイツが2011年に立ち上げた「インダストリー4.0」は、スマートファクトリーに限定した取り組みと誤解されがちですが、当初から社会全体を変革する長期構想として推進されてきました。
データを企業横断で共有する基盤の構築が着実に進んでおり、単なるデジタル化にとどまらず、産業全体のエコシステムを作り替えようとしています。
――ドイツでは、日本のように中堅・中小企業が取り残されているという課題はないのでしょうか?
福本:ドイツでは、中堅・中小企業が取り残されるという状況はあまり起きていません。その理由の一つが、国が補助金を出すだけでなく「伴走型支援」まで行っている点です。
中小企業に対して専門家が直接出向き、「データはどこにあるのか」「どのようなシステムを使っているのか」を丁寧にヒアリングしながら支援しています。
その背景には、欧州全体を統合しようとする思想が根底にあります。ルールや制約がバラバラな国々が集まるEUにおいて、合意に基づく枠組み作りが非常にうまいのです。補助金だけでなく、人を動かして現場に寄り添う点が日本との大きな違いと言えるでしょう。
目先の投資対効果にとらわれない中国の強さ。デジタル投資への長期的視点
――次に、中国の動向についても教えてください。
福本:中国はかつて「世界の工場」と呼ばれていました。しかし、現在は単なる生産拠点から脱却する「中国製造2025」や、IoTやクラウド、AIを活用する「インターネットプラス」などの国家政策を掲げています。
中国の強みは、「ゼロから作らない」という戦略にあります。ドイツのリファレンスアーキテクチャなどを参考にしながら、海外の家電企業やロボットメーカーを傘下に収めるなどして、非常に速いスピードで実装を進めています。
世界経済フォーラム(WEF)が先進的なデジタル工場として認定する「Global Lighthouse(ライトハウス工場)」の数を見ても、アジアにある35工場のうち過半数が中国に集中しています。
その一方で、日本は日立製作所の大みか事業所(茨城県日立市)など、わずか数工場にとどまっています。中国は目先の投資対効果(ROI)にとらわれず、長期視点でデジタル投資をやりきる姿勢があり、技術的な能力も飛躍的に上がってきていると言えます。
三現主義をデジタルで継承。熟練の技を「形式知」に変える方法
――AIやAIエージェントの登場によって、製造業の自律化は今後どこまで進むと考えていますか?
福本:まずは、人間がAIエージェントに目標やコンテキストを与えて作業させる「Human-to-Agent(ヒューマン トゥ エージェント)」の世界が当たり前になります。
さらに少し先の未来としては、それぞれの業務の専門知識を持った複数のAIエージェントが、互いに議論をして最適な答えを導き出す「Agent-to-Agent(エージェント トゥ エージェント)」の世界がやってきます。
――複数のAIエージェントが連携して動くというのは、具体的にどのようなイメージでしょうか。
福本:世界最大級の産業見本市「ハノーバーメッセ 2025」でのシーメンスの展示が非常に分かりやすい事例でした。
人間が上位のエージェントに「こんなロボットを作ってほしい」と指示を出すと、エージェント自らがレシピや作業順序を考え、「材料を取れ」「運べ」「切れ」と下位の専門エージェントたちに順次指示を出して連携するのです。
仕組みとしては、上位に「プロジェクトマネジメント」を担うAIエージェント、その下位に工作機械や搬送ロボット(AGV/AMR)、製造設備などをコントロールするエージェントが配置されています。
これまで人間が担っていたプロジェクトマネジメントを、AIが担うような構想が描かれているのです。
――では、AIエージェント活用が抱えているリスクについても教えてください。
福本:まず押さえておきたいのが、生成AIが事実に反するもっともらしい回答を返してしまう「ハルシネーション」のリスクです。一般的なビジネスの場でも問題になりますが、製造現場では重大な事故に直結する可能性があるため、特に注意が必要です。
そのリスクを防ぐために重要なのが、人間の持つ「ドメイン知識(その業界特有の専門知識)」です。AIの出力が正しいかどうかを判断できるのは、長年現場で培った深い専門知識を持つ人材だけです。デジタルだけ、または現場だけを理解している人では不十分で、両方を理解するハイブリッドな人材が求められます。
ただ、そうした現場の知恵の多くは、熟練者の頭の中にしかない「暗黙知」の状態であることがほとんどです。いかにそれをデジタルで扱える形に変換するかが、AI活用の成否を分ける鍵になります。
また、情報漏洩のリスクを避けるために、自社の内部データのみを学習させた「プライベートAI」のアプローチも必須になるでしょう。
――現場の熟練者が持つ「暗黙知」をいかに言語化・データ化し、AIに組み込んでいくかが、活用の成否を分ける鍵になるということですね。
福本:おっしゃる通りです。日本の製造業は三現主義(実際に「現場」で「現物」を観察し、「現実」を認識した上で問題解決を図るという考え方)という強みの根幹と、職人の暗黙知によって支えられてきました。これは強みなので否定すべきではないのですが、「現場で背中を見て覚える」というやり方だけで技術を継承していくのは限界があります。
そのため、暗黙知を形式知として言語化し、デジタルで継承することが不可欠です。現場の判断プロセスをデータ化し、定型的な部分はどんどんAIに置き換え、人はAIにはできない例外対応や新しい価値の創造に注力していく形にしていくことが大事になります。
現場のノウハウがデータ化されていなければ、優秀なAIを導入しても活用できません。
――では、暗黙知を言語化・データ化するには、具体的にどのような方法があるのでしょうか?
福本:例えば、作業員にインカムを装着してもらい、作業中の音声を記録・分析するといった試みも始まっています。ベテランがふとした瞬間に漏らす声や音などを、異常や変化を察知したサインと捉え、その判断根拠を棚卸ししていくのです。
ただ、これはかなり高度な取り組みです。現実的にはタブレット端末などを活用して一部の工程からスモールスタートさせ、まず記録を蓄積していくところから始めるのが良いでしょう。
後編では、こうした課題を踏まえたうえで、経営層と現場がDXのために踏み出すべき「最初の一歩」について詳しく掘り下げていきます。
(後編はこちらから)
取材・文:小町ヒロキ






