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長時間労働で生産性は下がる?東大・山口教授が説く組織の再設計

長時間労働で生産性は下がる?東大・山口教授が説く組織の再設計

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労働人口が減少する現代では、「時間を足せば乗り切れる」という発想はすでに通用しなくなりつつあります。長時間労働や属人化した個人のスキルに組織が下支えされた状態は、強固な結束を保っているようでいて、実は企業の競争力を静かにむしばんでいる可能性があるのです。

今回お話を伺ったのは、東京大学大学院経済学研究科で教授を務める山口慎太郎氏。労働時間や家族のあり方をデータで紐解き、学術的な知見をビジネス現場の課題解決へとつなげてきた第一人者です。

長時間労働と生産性の関係、日本に根強く残る「長く働く=努力」という価値観の正体、そして経営トップが今すぐ着手すべき具体的な行動について、山口氏に詳しく聞きました。

週50時間が限界。データが示す長時間労働と生産性の負の相関

ーまずは、長時間労働と生産性の関係についてお聞かせいただけますでしょうか?

山口慎太郎氏(以下、山口):日本や東アジアでは、かねてより勤勉であることが美徳とされてきました。長く働くことが仕事への熱意の表れと受け取られたり、本人も長時間労働を良いものだと考えたりしがちな傾向があります。

しかし、データを見てみるとそうした長時間労働が必ずしも高い成果に結びついているわけではない、ということが報告されるようになってきました。長時間労働で生産性が急減 少し古いデータになりますが、イギリスの製造業におけるデータを見ると、週49時間までは生産高が労働時間にほぼ比例するものの、週50時間を超えると生産高は頭打ちになり、時間当たりの生産性としては下がっていきます。

週50時間は国際的に見ても長い労働時間であり、これを超えると効率が下がることがわかります。長時間労働で生産性が低下

さらに、オランダのコールセンター業務の分析でも同様の傾向が見られます。

1件当たりの処理時間で生産性を測ると、労働時間が長くなるほど生産性は低下し、労働時間を倍にしても生産高の増加は90%にとどまることが示されています。

ー製造やサービス現場に限らず、イノベーションの創出など企画に関わる業務においても同じような結果が出るのでしょうか?

山口:はい、より創造性の求められる業務でも同様です。創造性の求められる業務でも長時間労働は生産性が下がる

最近の中国の都市部を対象とした分析では、イノベーション成果と労働時間の関係を調べています。その結果、イノベーション成果と労働時間の関係は逆U字型になり、長時間化は創造性・知識交流・健康を損なうことがわかっています。

つまり、業務の種類に関わらず長時間労働は望ましくないことが確認されているのです。

なぜ「長く働く=努力」なのか?目に見えない成果と評価制度の課題

ー日本企業で「長く働く=努力」という評価制度や文化が色濃く残ってしまう要因は何だとお考えですか?

山口:最大の要因は、生産高が目に見えにくい仕事が非常に多い点にあります。特にマーケティングや製品開発などの業務においては、個人の努力と市場動向などの外部要因を厳密に切りわけることが難しく、成果を単純に数値化しづらい傾向があります。

こうした「成果の定義」が困難な状況下では、誰にとってもわかりやすい「労働時間」が評価の物差しに使われてしまっています。この古い構造から、いまだに脱却できていないのが現状です。

ー女性の出産・育児がその後の報酬に影響してしまうという問題も、そういった評価の仕組みと関係しているのでしょうか?

山口:そうですね。女性が第1子出産を機に賃金が落ち込む現象は「チャイルドペナルティ」と呼ばれ、ほとんどすべての国で見られるものです。

国内大手製造業の人事データを用いて、なぜ出産後10年や15年経っても男女間に大きな差がついているのかを分析しました。

出産直後は長い時間働けないため、残業代の減少や時短によって賃金が下がります。しかし、10年以上経ってからも賃金格差が継続する最大の理由は「役職手当の差」でした。

人事データをさかのぼって分析すると、子どもが生まれた最初の数年に長時間働けないことで評価が上がらず、昇進しにくい仕組みになっていることがわかりました。つまり、一時的な労働時間の減少が、その後の長期的なキャリアトラック自体を変えてしまっていることがわかったのです

ー年功序列といった日本特有の仕組みも影響しているのでしょうか?

山口:そうですね、年功序列の影響はあると思います。会社への貢献度や成果を明確に定義できていないために、勤続年数や残業時間といった、目に見えやすい外形的な指標に頼らざるを得ない側面があるからです。

これは、本来マネジメント側に求められる「評価する力」が不足し、その結果として年功序列や長時間労働の重視が生まれている状態だと言えます。

「業務をやめる判断」が不可欠。経営トップに求められる意思決定

ー経営者やマネジメント層が評価基準を長時間労働に依存しがちな企業には、どのような共通点があるのでしょうか?

山口:上司からすると、部下に長時間働かせるのは管理がしやすく、ある意味で「楽」なのです。時間を減らして成果で評価するようになると、マネジメント側にはこれまで以上に高いスキルが求められます。

営業部門であれば売上などが指標になりますが、マーケティングや製品開発などの間接部門は、自分たちの努力と市場の動向などを切りわけるのが難しく、成果を単純に評価しづらい傾向があります。そのため個別の評価基準を設定する手間を省いて、労働時間というわかりやすい指標に依存してしまう会社は少なくありません。

ー長時間労働を解消する上で、業務の見直しはどのように進めるべきだとお考えですか?

山口:まず取り組むべきは、「この業務は本当に必要なのか」と本質的に問い直すことです。さまざまな工夫で労働時間を短くしようとしても、それだけでは限界があります。思い切って「業務をやめる」という判断が、実は最も効果的なアプローチなのです。

誰もが知るような大企業でも、現場の方に伺うと「これって意味あるのかな」と疑問に思う業務が存在します。その理由を掘り下げていくと、顧客価値や利益に直結しない内向きの説明や、上に怒られないための書類の体裁づくりなど、責任回避の業務が増えていることが少なくありません。

ーそういった「やめる判断」は、現場の担当者から提案するのは難しいのでしょうか。やはりトップダウンで進めるべきですか?

山口:現場から「やめよう」と提案することは評価を下げたり、叱られたりするリスクを伴うため、「言うだけ損」になりがちです。そのため、経営トップが明確に「これはやめる」と宣言し、顧客価値や利益に直結する部分に絞ることが組織全体への大きなメッセージになります。

まず、経営トップが行うべきことは「会社の利益につながるのか」「内向きの説明にコストを使っていないか」という視点で業務を点検することです。役員が自分の影響力を確認するためだけに部下に説明させていないかなど、社長自らが監督していく必要があります。

属人化を解消する組織設計。個人に依存しないチームを作る方法

ー「属人化」を減らすアプローチに悩む経営者も多いですが、属人化を解消するために、どのような取り組みから始めればよいでしょうか?

山口:基本的な考え方として、業務を分業して、個人に仕事を紐づけないような組織設計にしていくことが重要です。

レベルの高い仕事や非定型業務になると、「この人じゃなきゃできない」「マニュアル化しにくい」というご相談をよく受けます。理想的には、マネジメント層が業務を言語化し、細分化して多くの人に回すことや、デジタル化を進めることが望ましいです。

たとえ標準化が難しい業務であっても、負荷を一人に集中させず、チーム内で暗黙知を少しでも言語化・可視化して共有することが大切です。

ー過去の成功例として、薬剤師の業界における変化も挙げられていましたね。

山口:はい。薬剤師の仕事は、常時開店や対面対応が必要で、かつては個人に頼らざるを得ない面があり長時間労働が合理的とみなされていました。しかし、チェーン化や法人化に伴い、業務の標準化や分業化が進みました。

特定の個人に仕事を紐づけない設計を取り入れた結果、パートタイムでも同等の時間当たり賃金が実現し、労働時間が柔軟になり、男女の賃金格差が縮小しました。

このように、代替可能性を高める技術や組織改革によって、長時間労働を乗り越えることが可能なのです。成功事例

部下の残業削減を評価対象に。優秀な人材を逃さない仕組み作り

ーここ10年ほどで働き方改革や法改正が進みましたが、企業行動は実際に変わってきているとお考えですか?

山口:たしかに、多くの企業で総労働時間は急速に減ってきています。実際にコロナ禍の前からその兆候はあり、正社員に限定して見ても労働時間は着実に減少しています。

数字だけを見ても、社会全体として働き方改革は完全に軌道に乗っていると言えますが、業種によってはまだ不十分なところもあるのが現状です。

ー業務の見直しや属人化の解消だけでなく、経営トップが長時間労働の解消に取り組む上で、他に意識すべきことはありますか?

山口:見落とされがちな点として、評価の仕組みそのものの見直しがあります。実は、無意識のうちに「長時間労働しているかどうか」が評価の観点に入ってしまっている企業は多いです。管理職の評価には、成果の出し方だけでなく、部下や周囲をどううまく活かしているかを含めるべきです。

例えば、部下の残業時間が減ったことや、属人化を排除するための工夫に取り組んだこと自体を、評価対象に加えることが重要になります。

ー評価基準を変えることで、優秀な人材の離職や、業務が回らなくなる懸念はないのでしょうか?

山口:その心配はあまりないと考えています。長く働いて成果を上げている方は、評価の物差しを多角化しても、その優秀さが正当に評価されることに変わりはないからです。

真に貢献度の高いハードワーカーが、評価基準の見直しを理由に会社を去ることはないと思います。

むしろ現在の懸念材料は、労働環境がハードすぎて若い世代がついてこないことです。人手不足のなかで人材の確保と企業の持続的な成長を考えると、労働時間を会社としてしっかり管理していくことが不可欠です。

ー最後に、今の時代にマネジメント層が持つべきマインドセットを教えてください。

山口:マネジメント層の方々は自らが長く働いて活躍するのではなく、部下を育成して活躍させ、周囲を動かすことが重要な役割だと認識してください。

また、短時間で成果を上げることを「従業員を楽にすること」と捉えず、実際には労働密度が高くなり、非常にハードな働き方になるという思考を持つことが重要です。

短い時間で成果を出すということは、むしろ従業員に対して厳しい要求をしているのだと捉え、部下のマネジメントに取り組んでほしいと思っています。

取材・文:小町ヒロキ

話し手
山口 慎太郎
東京大学大学院経済学研究科
教授

東京大学大学院経済学研究科教授。専門は労働市場を分析する「労働経済学」と結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」。内閣府・男女共同参画会議をはじめ、中央省庁や自治体の各種会議で委員を務める。また、民間企業とも共同研究を実施し、女性活躍や男性育休取得推進などの分野でアドバイスを行う。日本経済新聞、NHKなどの主要メディアで、経済や社会問題、政策について多数のコメントを提供。 『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)で第41回サントリー学芸賞を受賞。『子育て支援の経済学』(日本評論社)は第64回 日経・経済図書文化賞を受賞。2021年に日本経済学会石川賞受賞。