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地図にない市場を開くAPAC展開の最前線で見えたこと

地図にない市場を開くAPAC展開の最前線で見えたこと

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本連載では、グローバル視点での戦略策定やデザイン開発に実績を持ち、APACと日本の双方向進出支援を行うI&COが、アジア各国のイベントレポートやビジネスシーンをお届けしています。第6回となる今回は、ラオスでの市場開拓と現地取材を通じて、「まだ早い」と言われる市場にあえて入ることの意味と、APAC辺境市場のリアルな熱量を考察します。

ラオス市場とは—「まだ早い」と言われる場所で起きていること

ラオス

APACで事業開発の仕事をしていると、特定の国や市場が話題に上がった際に「あそこはまだ早い」という言葉が繰り返されることに気がつきます。その言葉には、規模が小さい、インフラが整っていない、消費者の購買力が低い、といった根拠が添えられることが多く、一見すると合理的な判断のように聞こえます。しかし、私がシンガポールを拠点にAPAC各国で仕事をしてきた中で感じるのは、こうした評価の多くが現地の一次情報に基づいていないのではないかということです。数字やレポートから構成された市場像と現地で動いている事業者や消費者の実態とのあいだには、しばしば大きな乖離があります。「まだ早い」という言葉が、現地に入ったことのない人によって語られているケースも少なくありません。

ラオスはその一例と言えるかもしれません。APACの中でも人口約750万人と小さく、GDPも域内では下位に位置します。スタートアップエコシステムの整備もこれからで、「まだ早い」という評価を受けやすい市場です。加えて、東南アジアで唯一の内陸国であり、長く物流のボトルネックを抱えてきました。しかし、実際に現地へ入ると、その評価だけでは捉えきれないものが見えてきます。今回は、沖縄県との泡盛の海外ブランディングを通じたラオスでの市場開拓を振り返りながら、未整備市場で先行することの意味について考えてみたいと思います。

現場から見えた3つの気づきーーー「先に入る」ことの実像

紹介の連鎖が市場の扉を開く—未整備市場は「人を介して」入る

沖縄県との泡盛プロジェクトがラオスで動き始めたのは、現地に特別なコネクションがあったからではありません。出発点は、シンガポールや日本で接点のあったラオス関係者に、一人ずつ「次に話すべき人は誰か」を尋ねていったことでした。その連鎖の中で、駐日ラオス副大使にプロジェクトの内容を直接ご説明する機会を得て、ラオスのビジネス概況や有望なイベント機会について伺いました。こうした対話を重ねる中で、天皇誕生日祝賀レセプションへの出展が実現しました。天皇誕生日祝賀レセプションは、在外公館が現地の政財界や外交関係者を招いて開催する格式の高い行事の一つであり、新規参入者にとっては通常では得がたい接点が一度に集まる貴重な場です。

パーティ

整備された市場であれば、展示会やプラットフォームを通じて比較的容易に接点を作れます。一方、整備が進んでいない市場では、既存のネットワークの外へ一歩踏み出し、人を介して動く場面が多くなります。手間はかかりますが、その手間こそが参入障壁となり、早く入った側ほど後から来る人には得られない関係や情報を先に握ることができます。つまり、参入タイミングの早さがそのまま優位性へと変わるのです。未整備市場では、この「早さ=優位」の構図が、整備された市場以上に強く働くと感じています。

天皇誕生日祝賀レセプションへの出展をきっかけに、在ラオス日本国大使館とJETROビエンチャン事務所が共催する、日本酒・梅酒・泡盛・海産物のPRイベントへの参加につながりました。当日は、現地のバイヤー、日本食レストランやホテル関係者、報道機関など約100名が参加し、説明会や試飲・試食、ネットワーキングが行われました。
私はプロジェクト担当として登壇し、ラオス語の資料を用いながら、泡盛の特徴や熟成による価値の高まり、そしてウイスキーに近い蒸留酒としてのポジショニングを説明しました。人づてにつないだ手がかりが、現地の購買層と直接向き合う機会へとつながる。紹介の連鎖に自分の一手を重ねることで、市場の扉が開くことを実感した瞬間でした。イベント

数字に映らない層が動いているーーー一次情報が「動くセグメント」を可視化する

イベント

イベント当日、現地の参加者が泡盛を試飲する様子を見ていて印象的だったのは、「飲みやすい」「ウイスキーに近く理解しやすい」「どこで買えるのか」といった反応が自然に聞かれたことでした。実際に、その場で購入を決める方もいらっしゃいました。また、在ラオス日本国大使館のご担当者からも、ラオスにおける泡盛の受容可能性を感じたとのフィードバックをいただきました。

地図

特に反応が良かったのは、中国ラオス鉄道でビエンチャンを訪れる購買力のある中国系富裕層や、ラオス国内で高級ホテル・飲食店を複数展開するグループの関係者です。この層の存在は、事前のデスクトップリサーチだけでは読み切れないものでした。数字の上では「小さな市場」に映るラオスにも、購買力のあるプレミアム層が確かに存在し、さらに中国ラオス鉄道という新しいインフラによって、その層は急速に拡大しています。2024年には昆明発の高級寝台列車「星光・メコン号」の運行も始まり、買い物を目的とする富裕層の流入は続いています。こうした「動いているセグメント」は平均値や統計には表れにくく、現地に入って初めて具体的な輪郭を持ちました。

ここで見えてくるのが、ラオスという市場ならではの構造です。シンガポールが完成された富裕層ハブであり、ベトナムやタイが厚い国内市場を抱える「止まって売る」市場だとすれば、ラオスはむしろ「通過する」市場です。長く物流のボトルネックとされてきたこの国は、中国ラオス鉄道の開通によってその立ち位置を大きく変えつつあります。この鉄道は将来的に昆明とシンガポールを結ぶ汎アジア鉄道の中核区間でもあり、ラオスは中国の購買力がインドシナへ流れ込む「回廊」のただ中に位置しています。

つまり、ビエンチャンの売り場で泡盛を手に取るのは、ラオス国内の消費者だけではありません。鉄道で国境を越えてきた中国の富裕層も顧客になり得ます。同じ「新興市場」でも、自国の消費者基盤を相手にするベトナムやタイとは、向き合う相手の質そのものが異なります。小さな内需だけを見て「まだ早い」と判断すると、この回廊を流れる需要を丸ごと見落とすことになりかねません。
イベント後、地道に営業活動を行ったことで、高級ホテルや飲食店を複数展開するグループで泡盛を取り扱っていただくことになりました。また、現地で酒屋やレストランを歩き回っていた際、偶然貿易会社の担当者と出会い、商流について具体的な話を伺う機会もありました。こうした偶発的な出会いから得られる情報は、どのようなレポートにも載らないものだと感じます。
ショッピングモール
Sotos氏の「競合が少ない市場に入ったはずなのに、価格競争に巻き込まれている」という言葉は、ラオスに限った話ではないように思います。APACの多くの新興市場で、日本企業や日本人起業家が直面しがちな構造的課題なのではないでしょうか。良いものを持っていけば伝わる、品質で差別化できる。そう信じて市場に入った結果、比較軸が「価格」しかない状況に陥ってしまう。この問題の本質は、「現地の消費者にとって何と比較され、どのような意味を持つのか」という問いへの答えを、市場に入る前にどこまで設計できているかにあるように感じます。

ラオスという市場は、インフラや制度の整備がこれからという意味では、まだ昭和初期のような空気感を持っているのかもしれません。しかし、だからこそSotos氏のように先に入り、この問いと向き合い続けている人たちがいます。整備されていないからこそ設計できる余地があり、その余地を活かせるかどうかは、現地に入り、一次情報を積み上げる意思があるかどうかにかかっているように思います。

価値は「翻訳」してから持ち込むーーー伝わる文脈に変える設計

酒瓶

では、その「設計できる余地」をどう活かすか。泡盛の現地展開が実現した背景には、シンガポールでのプロジェクトを通じて積み上げてきた泡盛の「翻訳」がありました。
もし泡盛を「沖縄の伝統的なお酒」として説明していたら、反応は違っていたかもしれません。ラオスでは泡盛の認知度はほぼゼロに近く、日本酒や焼酎との違いも多くの人には伝わりません。この状況で既存のカテゴリの延長線上で説明しても、比較の基準を持たない消費者には響きにくいのではないかと思います。

シンガポールでのプロジェクトで学んだのは、泡盛を「熟成年数によって価値が高まるプレミアムな蒸留酒」として再定義することで、現地の消費者にとって理解しやすく、魅力的なポジショニングが生まれるということでした。ボトルをウイスキーを彷彿とさせる重厚なフォルムへ変更し、熟成年数をラベル中央に大きく配置する。12年物には銀、24年物には金の和紙を使用することで、販売員がいない海外の売り場でも、見た目から価値や熟成年数の違いが直感的に伝わる設計にしました。こうした「翻訳」の積み重ねが、ラオスという新しい文脈でも機能したのではないかと考えています。

酒屋

富裕層向けのホテルや、プレミアムな体験を提供する飲食店という文脈では、「価値が高まるお酒」というポジショニングは比較的自然に受け入れられるように思います。「日本製だから良い」という時代は終わりつつあります。しかし、「なぜこれを選ぶのか」という問いに答えられるブランドは、市場の成熟度に関わらず評価されるはずです。海外展開とは、あらかじめ定義した強みを持参することではなく、その強みが現地で伝わる文脈へと翻訳していく作業なのだということを、ラオスでも改めて実感しました。

現地起業家に聞く

ラオスで事業を立ち上げるということ

現地起業家
SYstory Co-CEO・Sotos氏

ラオスを拠点に、ウェブ制作や住宅開発、日本向けクリニックのプロダクト、クリエイティブなど複数の事業を展開するスタートアップ「SYstory」。日本在住のメンバーがリモートで参画する体制を前提に、「ラオスにいながら日本向けの仕事ができる」という構造そのものを事業の出発点としています。共同創業者でCo-CEOを務めるSotos氏へのインタビューを通じて印象的だったのは、「先に器を作り、動きながら中身を固めていく」という姿勢でした。

なぜラオスで起業したのでしょうか

母国でもあるラオスは、アジアの中でも競合が少なく、新しいことを試しやすい市場だと考えていました。日本での留学や就業経験を経て、日本語や日本のビジネス慣習を理解している創業メンバーの強みを活かすなら、ラオスを拠点に日本向けの仕事をリモートで受けられる体制をつくることが最も合理的だと判断しました。

実際に事業を始めて想定と違ったことはありますか

競合は少ないと思っていましたが、実際には競争が起きています。顧客は価格で判断することが多く、価格以外の差別化がなかなか伝わりません。比較対象がない新しいカテゴリでは、品質やブランドよりも先に「いくらか」が判断基準になってしまいます。新しい市場で文化をつくっていくには、それなりに時間がかかると感じています。

この市場で勝つために今取り組んでいることを教えてください

段階的に進めることを意識しています。まずはUI/UXを活用した仕事の受注を固め、次にサービス・セールスの体制を整え、最終的にはリアル対応できるシステムを構築する。一足飛びに大きな展開を目指すのではなく、小さなサイクルを回しながら判断の精度を高めていくことが、この市場では特に重要だと感じています。
また、チームとして大切にしているのは、顧客への誠実な対応をルールとして明文化することです。多国籍のメンバーが集まる環境では、当たり前の基準や解釈も人によって異なります。日本のようなハイコンテクストな前提は通用しないため、ルールを明確に示し、それを守ってもらうマネジメントが欠かせません。

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おわりにーーー「先に入る」ことの意味

街並み

整備されていない市場に先に入ることは、リスクを取ることでもあります。しかし同時に、情報の非対称性を活かすことでもあります。競合が少ない分、最初の一手が市場の認識を形づくる余地は大きく、誰も整備していないからこそ設計できる余地があります。

今回のラオスでのプロジェクトを通じて得られた知見は、3つのポイントに整理できます。

一つ目は、小さな信頼を重ね、紹介の連鎖をたどることです。最初からコネクションがなくても、既存のネットワークの外へ踏み出すことで、現地に入っていくことができます。未整備の市場ほど、その意思が問われます。

二つ目は、一次情報に賭けることです。「まだ早い」という評価の多くは、現地を見ていない人の言葉なのかもしれません。現地に入ることで、数字には映らない「すでに動いているセグメント」の存在が見えてきます。

三つ目は、「翻訳」してから持ち込むことです。商品もサービスも、そのまま持ち込むだけでは伝わりません。現地の文脈に合わせて価値を再定義し、見た目から伝わる形へと変えていく作業が、展開の成否を分けると考えています。

APACには、まだ十分に語られていない市場がたくさんあるように思います。「まだ早い」と言われている間に現地へ入り、一次情報を積み上げていく。それが、次の展開の土台になると考えています。

情報

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I&COは、ブランドやプロダクトなど5つの領域に焦点を当て、企業やブランドの変革を成功に導くグローバル・イノベーション・ファーム。ニューヨーク、東京、シンガポールに拠点を構え、これまでにTOYOTA、UNIQLO、Panasonic、Amazon Audibleなどをはじめ、国内外の多くのブランドのプロジェクトを手掛けている。

執筆者
竹内 恭平
I&CO APAC
事業開発責任者

商人と職人の家系に生まれる。楽天の広告事業部門を経て、スタートアップ複数社にてシード〜レイター期における数多くの0→1を経験。これまでにEC、オンラインメディア、VR×SaaS、DTx等の事業開発に携わる。I&COでは同社初の事業開発責任者として、シンガポールを拠点にAPACを繋ぐ事業およびパートナーシップの創出・拡大に取り組む。

I&CO APACのロゴ
I&CO APAC

I&COは、ブランド、プロダクト、サービス、コミュニケーションの4領域に焦点を当て、企業やブランドの変革を成功に導くグローバル・イノベーション・ファーム。ニューヨーク、東京、シンガポールに拠点を構え、これまでにTOYOTA、UNIQLO、Panasonic、Amazon Audibleなどをはじめ、国内外の多くのブランドのプロジェクトを手掛けている。