
港で始まった“第2の関税戦争” 米中が船に課す「入港料」はサプライチェーンをどう変えるのか
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米中の貿易摩擦が次のステージへと移行している。これまでの争点は「貨物への関税」だったが、両国はついに“船”という物流インフラそのものに課税を始めた。2025年10月14日、米国は中国建造・中国所有・中国運航の船舶に「港湾使用料」を課し、中国も報復として米国籍・米国建造・米国運航の船舶に「特別港湾料」を導入した。その後、米東部時間11月10日午前0時1分から1年間、互いに同措置を停止したものの、貨物を超えて船に負担を課す——この異例の政策は、“港で始まる第2の関税戦争”として、世界の物流現場を揺るがしている。
目次
米国が造船業保護を名目に港湾使用料導入
当初の米国の狙いは「国内造船業の保護」だった。背景には、アメリカ造船業の凋落がある。世界の商船建造量を見ると、50%以上を中国が占め(図表1)、アメリカの建造能力はその200分の1以下にとどまる。米政府は「中国が国家補助金で船を大量建造し、国際市場を歪めている」として、造船業を通じた経済安全保障の立て直しに舵を切った。
2025年4月17日、USTR(米通商代表部)は正式に、中国関連船舶に対する港湾使用料(Port Fee)の導入を発表。法的根拠は通商法301条、すなわちトランプ政権時代の対中関税を支えた条文である。そして、発表から半年後の2025年10月14日に施行され、実質的には中国の造船支配に対する“制裁措置”として導入された。

中国が即日報復で特別港湾料導入
中国もすぐさま反撃に出た。交通運輸部は、米国籍・米国建造・米国運航の船舶を対象に、特別港湾料(Special Port Fee)を課すと発表し、発効日は米国と同日の10月14日とされた。料金は400元(約8,000円)/ネットトンから段階的に引き上げられる仕組みで、米国の措置を正面からなぞる“鏡写し”の報復である。
こうして両国は、「貨物への関税」から「船への入港料」へと舞台を移した。対象船舶の数は多くはないものの、政治的メッセージ性は強く、国際海運における新たな分断構造を生み出している。
1隻数億円に及ぶ米国の港湾使用料の実態
米国の制度では、中国と関係のある船舶に対して図表2のように料金が設定されている。
数字だけ見るとピンとこないかもしれないが、5,000TEU級の大型コンテナ船が米国港に入ると、1回の寄港で約150万ドル(約2億円)の追加コストが発生する計算だ。さらに、当初案では自動車船(PCC/Ro-Ro船)に1台あたり150ドルという料金も検討されていた。仮に満載1,000台で入港すれば、1隻あたり1.5億円規模のインパクトとなる。つまり、貨物単位ではなく「1隻単位で億円規模の負担」が発生する構造である。

コンテナ船直撃でサーチャージ再来の気配
世界のコンテナ船のおよそ45%は中国の造船所で建造されており、米国港に入る多くの船舶が今回の対象となる。船会社は当面、コストを内部吸収しているが、「Port Fee Surcharge」や「US Port Adjustment」などの名目で新たな料金体系を検討する動きも見られた。短期的には荷主への直接転嫁を避ける傾向が続くものの、契約更改期には運賃への上乗せが避けられないだろう。物流コストは必ず“どこかの段階で回収される”からだ。
自動車船にも波及、日系メーカーに影響
自動車専用船(PCC)も無関係ではない。日本郵船(NYK)、商船三井(MOL)、川崎汽船(K LINE)など日系大手のPCCの多くが、中国の造船所で建造された船舶である。つまり、米国寄港時には今回の対象となる。1隻あたり1.5億円規模の負担が想定されるなか、船会社は「配船の入れ替え」や「寄港回数の調整」を急ぐこととなった。
しかし、Ro-Ro船は建造に2〜3年を要するため、短期での代替は難しい。その結果、メーカー側がコストを吸収せざるを得ないケースが増え、特に北米市場向けの完成車輸出や部品供給では、1台あたり数万円のコスト増となり、利益率を直撃しかねない。
船会社で進む“政治コスト”の織り込み
海運業界も、図表3のような動きを見せている。
フォワーダーや荷主から見れば、こうした動きは新しい価格体系の始まりを意味する。もはや「港の税金」は一時的な例外ではなく、新たな“変動要因”として扱う必要がある。

荷主対応は「吸収」と「転嫁」に二極化
実務の現場では、荷主の対応が二極化した。短期的な吸収を選び、販売価格を据え置く企業がある一方で、長期的に「サプライチェーン全体のインフレ」を警戒し、契約時点でコスト転嫁を前提に見積もりを組み直す企業も出てきた。アメリカでは物流コストが物価に直結しており、このままでは“物流由来のインフレ”が再燃する可能性もある。「静かなコスト上昇」は、いずれ価格体系を押し上げるだろう。
日本・ASEANにも及ぶ“見えないコスト”
一見、米中間の問題に見えるが、中国建造の船を利用している限り、日本や東南アジアの荷主も無関係ではない。今後は、見積書や契約書に「港湾税・政治によるコストの変動条項」を明記し、“見えないコスト”の発生を想定したリスクマネジメントが求められる。フォワーダーにとっては、「どの船で運ぶか」もコスト設計の一部となる時代だ。
入港料停止の背景と造船業再編の行方
11月10日から適用された「1年間の停止」は、単なる休止措置ではなく、アメリカの国内政策上の調整期間とも捉えることができる。背景には、トランプ政権が掲げる「インフレ抑制」や「造船業の再生支援」といった狙いがあるとみられる。
港湾使用料は当初、国内造船業の保護を目的として導入されたが、報復の応酬により運賃が上昇し、最終的には消費者負担を通じて物価を押し上げる懸念が高まっていた。インフレが依然として高止まりするなか、こうした副作用を回避するために一時停止に踏み切った可能性がある。
また、アメリカが海運・造船業の再編を模索するなかで、中国との関係を一時的に落ち着かせたいという思惑も働いたと考えられる。今回の停止措置は、経済と外交の双方で圧力を緩和しつつ、海運政策を再構築するための“冷却期間”となる可能性がある。
地政学が船を動かす時代へ
入港料は、単なる報復関税の延長ではない。それは「海運を通じた国家戦略」であり、「どの国が造った船で運ぶか」が今後のコストと信頼性を左右する。物流現場では、最終的にこの問いが残る。
「このコストは誰が払うのか?」
港で始まった第2の関税戦争は、もはや遠い政治ニュースではない。それはすでに私たちの運賃表の行間に入り込み、静かに世界のサプライチェーンを組み替え始めている。
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