
「日系企業の給与は安い」は本当か?
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本コラムではこれまで、海外における日系企業の存在感が徐々に低下している実態を、さまざまな角度から取り上げてきた。今回は、現地人材の獲得や定着に直結する「給与制度」に焦点を当て、実際のデータをもとに報酬制度の構造と現地市場とのギャップを読み解きながら、制度上の課題とその対応策について考察する。
目次
「後払い」の日系企業と、「先払い」の非日系企業
本コラム第3回で、海外拠点では「雇用制度はジョブ型、人事制度はメンバーシップ型」という“ねじれ”が起きていると指摘した。つまり、市場ではジョブベースで給与が決まっているのに対し、人事制度は日本から持ち込んだ仕組みを踏襲しているため、サラリーテーブルが年功的なままになっているケースが多い。その結果、社外と比較して報酬の競争力が次第に落ちていく傾向にある。
じっくりと給与を上げていくスタイルの日系企業は、最初から思い切ったオファーを出すことは少ない。社内のサラリーテーブルとのバランスが崩れてしまうからだ。一方、非日系企業は最初から高いオファーを出すことに躊躇がない場合が多い。つまり、日系企業は「後払い」、非日系企業は「先払い」という報酬に対する考え方の違いがある。
日系企業は「約2割安い」
日系企業と非日系企業では、実際にどの程度の給与水準の違いがあるのだろうか。図表1のグラフは、企業の採用予定ポジションの平均予算をもとに算出した、タイの自動車関連企業における製造部門の給与水準を示したものである。

図表1のデータを見ると、ジュニアステージでは日系・非日系企業間で大きな差は見られないものの、ポジションが上がるにつれて非日系企業の方が高くなっている。タイの日系企業では、マネージャーの多くが内部昇格のため、年功序列に社内での実績評価が加味される形で昇給している。一方、非日系企業はマネージャーを外部市場から採用する傾向が強く、市場水準に沿った給与が提示されるため、このような差が生じるのである。
もちろん、業界や職種によって傾向は異なるが、マネージャーポジションにおいては、日系企業が2割から3割程度低い水準にとどまっているのが一般的な傾向だと思われる。
総報酬ではそれほど負けていない
一方で、日系企業の報酬制度にはもう一つ特徴がある。それは「手当と賞与が厚い」という点だ。社員との長期的な関係性を重視する日系企業では、家族手当や食事手当など、さまざまな手当を提供しながらその歴史を歩んできた。そのように充実した福利厚生は、海外拠点の従業員にとっても、日系企業を「安心して働ける場所」と感じさせる大きな魅力となっている。
また、雇用を保証する代わりに、業績によって変動する賞与(ボーナス)を分厚くし、人件費の調整弁として活用してきたのも日系企業の特徴である。非日系企業の賞与が1~2ヵ月分にとどまるのに対し、日系企業では3〜5ヵ月、あるいはそれ以上支給されるケースも珍しくない。高いベース給を最初から保証することは少ないが、安定した雇用を前提に、長期的に割に合う制度設計がなされているのである。
ここで、タイのある日系企業と、市場平均のデータを比較してみたい(図表2)。

このデータは、タイの製造業において、市場全体のデータと製造業A社の給与水準を比較したものである。ジョブグレードは一般的な分類に基づいて8つのカテゴリーに分け、市場全体と特定企業の水準が比較できるよう、データを加工している。なお、平均値は異常値の影響を受けやすくブレが大きくなるため、本比較では中央値を用いている。
ベース給与だけで見ると、市場平均に対してA社は1〜2割程度下回っており*、特に「シニアマネージャー」や「ゼネラルマネージャー」など上位の職種では、約3〜4割の開きが見られる。
つづいて、各種手当を含めた給与水準を見てみたい(図表3)。

全体としては市場平均を下回っているものの、ベース給ほどの開きは見られない。また、このデータには賞与(ボーナス)の数値が反映されていないため、仮にこれを加味すれば、若手~ミドルクラスの等級においては市場平均を上回るだろう。
このように、「日系企業の給与は安い」というイメージは一面の事実ではあるが、実際にはベース給が低く見えることで、実際よりも報酬水準が低く評価されてしまっている面があると筆者は考えている。
管理職層のリテンションに繋がる報酬水準が必要
こうした現状を踏まえて、制度改革をどのように進めていけばよいのだろうか。
まず取り組むべきは、上位等級における給与テーブルの調整である。優秀なマネージャー人材の確保は、会社の競争力を左右する最重要ポイントである。実際、競合他社からの大幅アップのオファーによって人材を引き抜かれたというケースは数多く耳にする。異常値レベルの報酬に張り合う必要はないが、報酬水準が市場平均と大きく乖離している場合、正しく是正しなければ長期的に優秀な人材が定着しづらい組織となってしまう。
とはいえ、全体を一律に上げれば人件費の大幅アップを招くため、メリハリが重要である。経営としては、今のポジションに安住している社員にまで手厚い昇給を与えたくはない。反対に、チャレンジ精神のある若手・中堅人材には、どんどん責任も報酬も与えたいと考えるのが当然である。年功主義が色濃く残る企業体質であれば、少しずつでも実力主義に移行していくことが必要である。
そこで、数年後に目指すべき給与テーブルをあらかじめ設定し、人事評価の高い人材に対して高い昇給率を与えることで、徐々にその理想像に近づけていくことが重要である。あくまでも人事評価結果に基づいた運用が前提となる。そのための評価基準の設計や、目標管理制度の適切な運用も欠かせない。
さらに、等級ごとのサラリーキャップ(上限)の設定も必要である。高い報酬を提示しているにもかかわらず、そこからさらに自動昇給するのでは、人件費が青天井に膨らんでしまう。特に給与水準の高い管理職層が長期間同じ等級にとどまる場合には、昇給率を徐々に下げ、自動的な昇給を抑える必要がある。それは、当人に対して奮起を促すメッセージにもなる。

月次ベース級の競争力を上げる
手当を基本給に含めていくケースも増えている。頻繁に変動する種類の手当は別として、食事手当や住居手当など、実質的に固定給と変わらないものについては、ベース給に含めたほうが採用競争力につながりやすい。
一方で、ベース給を引き上げると残業代や賞与の算出ベースが上がってしまうため、実行には慎重な判断が求められる。現実的には、一定の手当は基本給に組み込み、それ以外は従来どおり残すという運用が多いようだ。いずれにせよ、手当が膨らみがちな企業は、それが本当に採用競争力に寄与しているのか、今一度立ち止まって見直す必要がある。
また、賞与の一部を月次のベース給に移行する改革に取り組む企業も少なくない。これは、採用競争力を高めるうえで有効な手段である。日本人は「年収」で報酬を捉える傾向にあるが、タイをはじめとする東南アジア諸国の人々は、「月収」で判断することが多い。企業にとって年間の人件費が同じであれば、月次給与に一部を移すことで、見栄えは良くなるのである。
重要なのは、制度を一律に設計するのではなく、グレードごとに「細分化して、具体的に考える」ことである。上記のグラフが示すとおり、「なんとなく給与で負けている」という印象は間違いではないものの、「どの層で、どの程度負けているのか」を正しく分析しない限り、適切な対策は打てない。従業員が「うちはこんなに安い」とアピールするケースも多いが、そのような“点”の情報は玉石混交であり、中には主観や誤解も含まれる。そうした情報に振り回された結果、不要な人件費の上昇を招かないよう、冷静な分析を行うようにしたい。









