
インド新労働法典の概要と主な改正点
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モディ政権の下で、約30の労働法が4つの法典に整理統合され、2020年9月までに全て成立していたものの、これまで未施行のままでした。しかし、2025年11月21日、インド政府は同日付で新労働法典の施行を発表しました。本稿では、その概要と主な改正点をご説明します。
目次
新労働法典施行の背景
インド憲法の規定により、労働組合や労働条件等に関する立法権限は、中央政府(連邦法)と州政府(州法)の共同管轄事項とされており、連邦法と州法を合わせると500を超える労働法があるともいわれています。
そのため、企業は連邦法だけでなく、自社の事業所が所在する州の州法も個別に確認する必要があり、労働法の全体像の把握や体系的な理解は容易ではありません。
こうした複雑な労働法体系を整理する必要性はインド国内でも認識されており、モディ政権の下で、約30の労働法を4つの法典に整理統合する取り組みが進められてきました。
4法典はいずれも2020年9月までに成立していたものの、施行スケジュールは未定でした。しかし、2025年11月21日、インド政府はこれら新4法典の施行を発表し、同日から適用されています。
新労働法典の概要
新たに施行された4法典は、図表1のとおりです。いずれも従来の労働法令(連邦法)を整理統合したものであり、旧法との対応関係についても同図表内に示しています。

新労働法典の主な改正点
以下では、各労働法典の概要と主な改正点を簡単にご紹介します。

賃金法典
賃金法典は、賃金支払法や賞与支払法等の4つの法令を統合し、賃金の定義や支払いを規律するものです。
賃金定義の統一
従来、賃金(Wages)の定義は法令ごとに異なっていましたが、賃金法典により定義が統一されました。給与や手当など支払いの名目にかかわらず、金銭あるいは金銭と同視できる報酬を意味し、基本給、物価調整手当、残留手当を含むものとされています。ただし、住居手当や家賃手当等の一定のものについては、賃金の定義から除外されています。
最低賃金適用範囲の拡大
これまで一定の範囲の従業員のみに最低賃金が定められていましたが、賃金法典では、中央政府がすべての従業員に適用される最低賃金を定めることとされています。
労使関係法典
労使関係法典は、労働組合法、産業雇用(就業規則)法、産業紛争法の3法令を統合し、解雇規制や就業規則のほか、労働組合等の集団的労使関係を規律するものです。
就業規則作成義務の人数要件引上げ
これまで就業規則(Standing Orders)の作成義務は、100名以上の労働者を雇用する産業施設に課されていましたが、労使関係法典では人数要件が300名以上へと引き上げられ、緩和されています。
労使交渉主体の明確化
労使交渉の主体となる労働組合についてのルールが設けられました。当該事業所に労働組合が一つの場合はその労働組合が、複数存在する場合には51%以上の労働者が加入する労働組合が、それぞれ交渉の主体となることができます。
ストライキ事前通知の義務化
従前は、公共事業に従事している者等の一部の例外を除き、ストライキの事前通知は求められていませんでしたが、労使関係法典では、14日前から60日前までに事前通知が必要となります。
社会保障法典
労使関係法典は、労働組合法、産業雇用(就業規則)法、産業紛争法の3法令を統合し、解雇規制や就業規則のほか、労働組合等の集団的労使関係を規律するものです。
EPF加入対象の拡大
インドには、従業員積立基金(EPF:Employee Provident Fund、以下「EPF」という)と呼ばれる制度があります。これは、解雇、定年退職、障害による就労不能等の場合に給付を行う制度であり、従業員および使用者がそれぞれ一定の拠出金を毎月支払い、従業員の退職時等の一定の場合に払戻しを受ける仕組みです。
旧法である従業員積立基金および雑則法の下では、法令で定める一定の産業に属する事業所等にEPFへの加入義務が課されていましたが、社会保障法典の下では産業の種類による限定はなく、20名以上の従業員を雇用するすべての事業所に加入義務が課されています。
社会保障制度の対象範囲の拡充
社会保障法典では、従来の制度では十分にカバーされていなかった自営業者や、オンラインプラットフォームを利用して仕事を請け負う者等を対象とする社会保障制度の策定を中央政府に義務付けています。
労働安全衛生法典
労働安全衛生法典は、労働時間や年次有給休暇等の各種労働条件を規律するもので、10名以上のワーカーが雇用される産業、商業、事業、製造業もしくは職業が営まれる事業所等が適用対象です。
女性の夜間労働規制の緩和
労働安全衛生法典上、労働時間は1日8時間、週6日までと定められています。女性の労働時間については、従来、午前6時前および午後7時以降の勤務は認められていませんでしたが、本人の同意があればこれらの時間帯の労働も可能となります。
また、年次有給休暇については、180日以上勤務したワーカーに対し、20日ごとに1日の割合で年次有給休暇を取得する権利が認められています。なお、ワーカーとは、雇用条件が明示的か黙示的かを問わず、あらゆる産業において、有償または報酬を得て、未熟練・熟練、技術的、作業的、事務的、監督的業務を行うために雇用されている者をいいます。経営的・管理的立場の者等は含まれません。
書面による雇用契約の義務化
従来、雇用契約は口頭でも成立するとされていましたが、労働安全衛生法典では、雇用契約の締結に際し、アポイントメントレターと呼ばれる雇用契約書の作成を義務付けています。
おわりに
新労働法典では、細部のルール等を下位の施行規則や州が定める州法等に委ねていますが、これらはいまだ整備途上にあります。報道によると、インド政府は現在、新年度である2026年4月1日を目途に施行規則の整備を進める方針で検討しているようです。
そのため、施行が発表されたとはいえ、実質的には旧法から新法への移行期間にあるといえます。移行期間中は、新労働法典と矛盾しない範囲で旧来の法令が引き続き有効であるとの政府見解が示されています。
2026年4月1日は一つの目安になると考えられますが、新労働法典の施行が突然発表されたように、インドでは実際のスケジュールの見通しが難しい場合もあります。そのため、この移行期間中に社内の労働条件等の見直しを速やかに進めておくことが望まれます。









