
育成就労制度で変わる外国人材マネジメント。異文化理解の専門家が語る「選ばれる企業」の条件
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2027年に施行が予定されている「育成就労制度」は、従来の技能実習制度に代わる新たな枠組みとして、外国人材の「育成」と「確保」が明確に打ち出されました。しかし、制度が変わるだけで、現場の課題は本当に解決するのでしょうか。
25年以上にわたり異文化コミュニケーション教育に携わってきた、東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 教授の岡田昭人氏に、学術的な視点から見た制度変革の意義、そして日本企業が直面する「異文化理解」という根源的な課題についてお話を伺いました。
目次
はじめに
岡田氏は、ニューヨーク大学大学院で異文化コミュニケーション学の修士号、オックスフォード大学大学院で教育学博士号を取得。東京外国語大学で25年にわたり日本人と留学生に教育学や異文化コミュニケーション学を指導してきた異文化理解教育のスペシャリストです。
グローバル化が加速する現代において、日本企業が乗り越えるべき「見えない壁」とは何なのでしょうか。今回は、新制度をきっかけに問われる組織のあり方を探ります。
技能実習から育成就労へ。転籍可能になる新制度が企業に突きつける現実
――2027年4月から施行される「育成就労制度」について、長年留学生教育や異文化理解に携わってこられた岡田先生は、どのような印象をお持ちでしょうか?
東京外国語大学 大学院総合国際学研究院 教授 岡田昭人氏(以下、岡田):長年技能実習制度を研究・観察してきた中で、今回の制度変更で最大のポイントは、目的が「国際貢献」から「人材の確保と育成」へと変わった点です。
これまでの技能実習制度は、建前としては「国際貢献」、つまり発展途上国の人材にスキルを身につけさせ、母国の経済発展に寄与してもらうという名目でした。しかし、その実態は日本の労働力不足を補うための穴埋めとして機能していた側面が否めません。
今回の「育成就労制度」への転換は、「目的」と「実態」の乖離を解消して実情に合った制度へと見直そうとする流れが見えます。
【2027年施行予定】育成就労制度の概要と企業が今から準備すべきこと
――現場レベルでは、具体的にどのような変化が起こるとお考えですか?
岡田:大きな変更点は4つあると言われています。
まず1つ目は「転籍」が可能になることです。これまでは原則認められていなかった職場移動が、ある一定の条件下で可能になります。
2つ目は「処遇の改善」です。日本人従業員と同等、あるいはそれ以上の賃金体系へと引き上げ、適正な待遇を確保する必要があります。
3つ目は「教育・訓練の義務化」です。単なる労働力の穴埋めとしてではなく、実効性のある育成プログラムを通じてスキルを向上させることが、企業側の責務として明確化されます。
4つ目が、これらを通じた「劣悪な企業の淘汰」です。特に「転籍の自由化」は、企業にとって極めて大きなインパクトをもたらします。労働者が「嫌なら他へ移れる」という選択肢を持つことで、劣悪な環境や低賃金を放置してきた企業からは人材が流出し、自然と市場から淘汰される自浄作用が働くからです。
日本企業は初めて「選ばれる側」に回ることになります。制度が変わることで、企業側の人材マネジメントや組織文化そのものの変革が迫られているのです。
世界一特殊な「ハイコンテクスト文化」の日本。察するマネジメントが通用しない理由
――制度が変わっても、受け入れる現場の意識が変わらなければ摩擦が起きそうです。先生の著書『教養としての「異文化理解」』でも触れられていますが、日本企業が直面する課題の本質はどこにあるのでしょうか?
岡田:最大の課題は、日本が世界でも珍しい「ハイコンテクスト文化」である点です。日本は島国で、長期間にわたり単一民族に近い環境で暮らしてきました。さらに、国土の約7割が山地という地形的特徴が地域間の移動や外部との交流を制限し、結果として閉鎖的な社会が形成されました。
狭い平地に人が密集して住むこの環境の中で、コミュニティ内における共通の経験や価値観がより一層強化されることとなりました。そうなると、お互いに共通の文化や習慣、経験が蓄積され、「言わなくてもわかる」という阿吽の呼吸が成立します。「行間を読む」といった言葉があるように、相手の意図を察するこのスタイルに対し、大陸など多様な人々が交わる地域では、言葉ですべてを論理的に伝える「ローコンテクスト」な文化が主流です。
――多くの日本人は自分たちのコミュニケーションスタイルが「普通」だと思いがちですが、世界標準から見ると、日本の立ち位置は特殊なのでしょうか。
岡田:はい。世界的な基準で見ると、アメリカやドイツなどはローコンテクスト寄りです。その一方で、世界標準から見て最も異なる文化にあたるのが日本になります。
多くの日本人は自らを「標準」と捉えがちですが、世界から見れば、言葉にせず察し合うスタイルこそが特殊なのです。ドイツ人が日本人を見ると「なぜこの人は黙っているんだ。意見がないのか」と思いますし、日本人がドイツ人を見ると「なぜこんなに喋るんだ。理屈っぽい」と感じてしまいます。このように、異文化理解ではすれ違いが起きているのです。
これから外国人材を受け入れるにあたって重要なのは、「自分たちが一番の異文化である」と自覚することです。そして、これまでの「察する文化」から、あえて「言葉にして伝える」ローコンテクストなコミュニケーションスタイルへと、歩み寄る訓練が必要になります。
「食」のすれ違いに見る、コミュニケーションのノイズ。ステレオタイプが生むすれ違いの構造
――「察する文化」からの脱却が必要とのことですが、具体的に現場ではどのような障害やすれ違いが発生するのでしょうか。
岡田:ノイズとは、異文化間のコミュニケーションを阻害する「雑音」や「違和感」のことです。このノイズは、身近な「食」の場面でもよく起こります。
私が韓国人の友人を自宅に招いた際の印象的なエピソードがあります。私は良かれと思って韓国の代表的な食材であるキムチを振る舞いました。すると彼は「結構です」と断ったのです。私は日本的な「遠慮」だと思い込み、何度も勧めたのですが、彼は断り続けました。そして、ついに彼は「私はキムチが嫌いです」とはっきり言ったのです。
「韓国人はみんなキムチが好きだ」という思い込みが招いたすれ違いでしたね。
――他にも、私たちが無意識に持っている先入観が原因で、すれ違いが起きてしまったケースはあるのでしょうか?
岡田:他にも、中華系の方を励まそうとして、日本の町中華で「ラーメン・チャーハン・餃子セット」をご馳走したとします。日本人からすれば豪華なセットメニューですが、彼らの視点では「主食(麺)+主食(米)+主食(小麦粉の皮)」に見えてしまうのです。
中国において餃子は主食であり、おかずではありません。また地域によっては、焼き餃子に対して「水餃子の残りを焼いたもの」というイメージを持つこともあります。良かれと思って行った歓迎が、相手にはネガティブな印象として伝わってしまう可能性があるのです。
氷山モデルで知る異文化理解。海面下の「見えない価値観」を可視化せよ
――文化の違いは、目に見える部分だけではないということでしょうか?
岡田:そうですね。文化はよく「氷山」に例えられます。海面の上に見えている部分は、全体のたった30%程度に過ぎません。言葉や民族衣装、食、音楽などはこの「見える文化」です。しかし、異文化理解で本当に重要になるのは、海面下に隠れている残り70%の「見えない文化」なのです。
例えば、「労働観」でも大きな違いがあります。日本では「働くこと=善」であり、「働かざる者食うべからず」という言葉もあるように、勤勉であることが美徳とされます。
しかし、フランスなどカトリック文化圏の影響が強い国や地域によっては、労働に対する考え方が全く異なるのです。「労働はバケーションに行くためのお金を稼ぐ手段」であり、残業をしてまで会社に尽くすなんて考えられない、という価値観を持つ人が多くいます。
――日本の中小企業などでは「会社は家族である」という経営理念を掲げるところも多いですが、それが通じないこともあるのでしょうか?
岡田:経営者が「家族主義」を掲げても、契約社会で育った人材は「労働の対価を得る場」と割り切るなど、認識のズレが生じる可能性があります。もちろん、その方の文化圏によっては、ファミリーの一員として考えてもらうことが嬉しい場合もありますので、その見極めは正確にやるべきだと思います。
異文化理解とは、海面下の巨大な氷山に隠れている部分を見ようと努力することです。個人レベルで全てを把握するのは難しいので、国や自治体、あるいは企業自身がマニュアルを作成し、「日本と相手国ではここが違う」というポイントを事前に可視化しておくことが重要です。
離職・失踪を防ぐW曲線。カルチャーショック期の外国人材を救う「傾聴」の力
――現場からは「日本に来たのだから、日本のやり方に合わせるべきだ」という声も聞こえてきそうですが、その点について教えてください。
岡田:もちろん、彼らが日本の文化に適応する努力も必要です。しかし、「同化」を強要するのは危険かもしれません。
異文化適応のプロセスには「W曲線」と呼ばれるモデルがあります。
来日直後は「ハネムーン期」と言って、見るもの全てが新鮮で高揚感を感じます。しかし、3ヶ月から半年ほど経つと、言葉の壁や職場の人間関係、期待とのズレに直面し、気持ちが急激に落ち込むのです。異文化適応の過程で、このような「カルチャーショック期」は必ず訪れます。
この落ち込んでいる時期に、「日本のやり方が正しいんだ」と押し付けても、うまくいきません。最悪の場合、精神的に追い詰められて失踪や帰国に繋がってしまうことも考えられます。
しかし、このカルチャーショック期を乗り越えることができれば、次第に「回復期」が訪れます。時間の経過とともに体が現地の環境に適応し、言葉や文化的な違いへの理解が深まってくるのです。
最初は受け入れられなかった食べ物が美味しく感じられるようになったり、戸惑っていた職場のルールが自然と身についてきたりします。精神的な安定が戻り、日本での生活に馴染み始める段階です。
そして、さらに時間をかけて適応が進むと、日本人と接するときの自分と、母国の人と接するときの自分を自然に切り替えられるようになります。二つの文化のバランスを取りながら生活できる状態になれば、本当の意味での「異文化適応」と言えるでしょう。
このW曲線を理解しておけば、カルチャーショック期に落ち込んでいる方を見ても、「これは一時的なものだ」と受け止め、適切なサポートを提供することができると思います。

――具体的に、「カルチャーショック期」において、企業側はどのようなサポートをすればいいのでしょうか?
岡田:特効薬はありませんが、まずは「傾聴」することがおすすめです。拙い日本語でもいいので、彼らの不満や不安をただひたすら聞きます。日本人はついアドバイスをしたくなりがちですが、そこをグッと堪えて、批判的な言葉であっても一度受け止める度量が必要です。
また、可能であればホームパーティーのような、職場以外のリラックスできる場で交流することも有効です。日本ではあまり馴染みがありませんが、海外では自宅に招くことが「心を開いた」証拠になります。自宅が難しければ公民館でもいいので、食事を共にし、相手の国の料理をリスペクトして食べてみてください。そういった「歩み寄り」の姿勢が、彼らがカルチャーショックを乗り越える手助けになります。
後編では、言葉の壁以上に重要となる「非言語コミュニケーション」の正体や、日本人のアイコンタクトの問題点、そして真の異文化理解に至るための「絆」の考え方について、さらに詳しく掘り下げていきます。
取材・文:小町ヒロキ
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