
ベトナム個人所得税 2025〜2026年の税制改正と実務上の留意点
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ベトナムの個人所得税(PIT)は、同国で就労する個人に課される税金で、日本の所得税制とは大きく異なる。特に外国人駐在員にとっては、課税所得の範囲や税率、申告・納税のルールが複雑なため、適切な理解と対策が不可欠である。本稿では、ベトナムの個人所得税に関する基本事項を整理し、税務リスクに至るまで体系的に解説する。
目次
2025〜2026年の個人所得税改正
ベトナムでは、2025年から2026年にかけて個人所得税の大規模な法改正が行われ、制度の骨格が大きく見直された。今回の改正は、物価・生活費の継続的な上昇や前回改正(2020年)以降の経済環境の変化を踏まえ、税負担の適正化を通じて中間所得層の購買力を高め、消費を下支えすることを狙ったものである。本稿は、改正後の最新の制度内容を反映している。

ベトナムの個人所得税の概要
居住者・非居住者の判定方法
税法上、滞在期間にかかわらず、ベトナム出張中に1日でも就労した場合は納税義務が発生する。ベトナム居住者と非居住者では、課税対象および税率が図表2のとおり異なる。
このとき、税務上の「居住者」とは、図表3のいずれかに該当する個人とされる。なお、ビザや労働許可証の取得有無は居住者判定とは無関係であり、あくまで図表3に示す3つの要件に基づいて判定される。
図表4に、居住者判定のフローチャートを示す。留意点として、法令上の決まりはないものの、実務上はレジデンスカードを保持している場合、賃貸契約があると見なされ、居住者と判定されてしまうケースがある。そのため、レジデンスカードを保有しつつもベトナムでの滞在が183日未満となる場合には、国外の居住証明書を取得しておくことが望ましい(※)。
なお、政令253号第4条により、滞在日数のカウント方法が明文化された。入国日・出国日はそれぞれ1日として計算し、同一日に入国・出国した場合は合わせて1日とする。入国日・出国日は、パスポート等に記載された出入国管理機関による証明に基づいて判定される。



税率

申告・納税方法
申告・納税については、図表6のスケジュールに基づいて実施される。月次申告・納税は、給与支払元であるベトナム法人が月次でVATを申告・納税している場合(注)に適用される。一方、それ以外の場合や、外国法人からの支払分については、四半期ごとの申告・納税となる。

課税対象所得と控除項目
課税対象となる給与所得には、各種手当や福利厚生、さらには個人に対して支払われた会社負担の費用も原則として課税対象に含まれるため、その範囲は広い。代表的な項目としては、図表7のようなものが挙げられる。

住宅費については、会社がアパートやホテルと直接契約し、関連費用を支払う場合、「実際の会社負担の住宅費」と「住宅費を除く課税所得の15%」のいずれか少ない金額が課税所得に加算される。以下に計算例を示す。

また、税務上、以下の項目が所得控除の対象とされている。
- 強制加入の社会保険・健康保険・失業保険に対する従業員の拠出金
- 基礎控除:1,550万VND/月
- 扶養控除:扶養対象者一人あたり620万VND/月
1.の保険料には、日本で継続加入している社会保険も含まれる。なお、政令253号により保険料控除の証憑要件が厳格化された。従来は、保険組織発行の支払証憑の写しまたは支払者の源泉徴収・納付確認書のいずれかで足りたが、改正後は両方の提出が必要となる。
3.の扶養控除については、法令上は配偶者にも適用可能とされているが、定年を超えている場合またはハンディキャップを持つ場合に限られる。そのため、実務上、ベトナム駐在員が扶養控除を適用するのは、18歳未満の子どもに対してがほとんどである。
なお、今回の改正で扶養者の要件も明確化された。「その他の扶養者」(兄弟姉妹・祖父母等)は、納税者との同居・直接扶養が要件とされ、「労働能力がない者」は、医療機関が発行する証明書に基づき、労働能力低下率81%以上と定量的に定義された。
2026年6月30日に公布された政令第253号(2026年7月1日施行)では、非課税所得の範囲や控除項目についても見直しが行われた。日系企業への影響が大きい変更点を、新旧対比で図表8に整理する。

このほか、政令253号および関連法令では、ハイテク人材等への免税措置の拡充、不動産の譲渡・相続・贈与に係る免税規定の整理等が行われている。
また、制度切り替えに伴う経過措置も定められており、新税率・新控除額は2026年1月1日に遡って適用される。一方、政令自体の施行は2026年7月1日であるため、2026年1〜6月は旧規定に基づく源泉徴収・申告が行われている。この期間に申告・納税済みの月次・四半期分については修正申告を行う必要はなく、新旧規定による税額の過不足は2026年度の年次確定申告においてまとめて精算すれば足りる。
キャピタルゲイン課税の変更点
おおよその骨格は旧法から変わらないが、非上場株式については、草案段階で譲渡益ベースでの課税が検討されていたものの、従来どおり「譲渡額×0.1%」に据え置かれた点がポイントである。非上場株式については旧通達と同様の取り扱いが維持されたため、非上場株式を保有する日系企業関係者(役員・出向者等)にとっては、法改正による税負担増は生じないものと整理される。
一方、有限会社の出資持分については、非居住者の税額計算方法が「譲渡額×0.1%」から「譲渡益×20%」へと変更された。取引の実際の利益率によって税負担が増加する場合も減少する場合もあるため、譲渡の実行前に具体的な試算を行うことを推奨する。

駐在員の個人所得税の留意点
赴任初年度の課税年度と申告パターン
原則として、暦年(1月1日〜12月31日)が課税年度となる。ただし、赴任初年度において暦年内の滞在日数が183日に満たない場合は、第1課税期間を「入国日から連続する12ヵ月間」、第2課税期間を「その後の暦年」とする。
図表10に、赴任初年度の申告パターン例を示す。赴任前の出張による初入国日を2026年2月1日、任命日を2026年6月10日(この例では実際の入国日と同日と仮定)とする。

申告開始タイミングは、実務上、任命状に記載された勤務開始日を起算日とするパターンが多い。一方、初入国日の定義は法律上明確ではないが、正式赴任前に出張でベトナムを訪れている場合、パスポートの入出国履歴に基づき、最初の出張時の入国日を起算日とするよう求められる可能性がある。そのため、設立準備などで正式赴任前に出張を行う場合は、保守的に最初の出張時の入国日を初入国日とすることを推奨する(上記パターン1.)。
税務調査における指摘リスク
税務調査における追徴課税については、図表11の通りである。通常、税務申告の都度指摘を受けることはなく、3〜5年ごとに実施される税務調査で指摘されるケースがほとんどである。外国人の給与額が高額であることから、調査において最も狙われやすい項目の一つであり、十分な留意が必要である。

以下に、税務調査で指摘されやすいリスクを総論として整理する。計算実務が複雑であることからミスが生じやすく、可能な限り経験のある実務担当者が対応することが望ましい。
経費や手当の税務リスク
- VATインボイス:VATインボイスがない場合、または内容に不備がある場合、当該支出が事業に関係のない個人へのベネフィットとみなされるリスクが高い。過去には、駐在員が立て替えた交際費や旅費について、インボイス不備を理由に駐在員個人の所得として課税され、法人側でも損金として認められなかった事例も発生している。
- 社内規定の明確化:各種手当や福利厚生は、通常であれば個人所得税の課税対象外であるが、財務規定や労働契約書に明記がない場合には、個人へのベネフィットとみなされ、課税対象となるリスクがある。
非居住者の課税リスク
- 短期滞在者免税申請:日越租税条約に基づく非居住者の免除申請は、一定の条件を満たせば可能とされている。数年前までは承認されるケースも見られたが、近年は税務局の恒久的施設(PE)に関する見解が変わってきており、申請が却下される傾向にある。免税条件を満たしていると考えられる場合でも、追徴課税や延滞利息を回避するため、ベトナム源泉所得については申告・納税によって対応することが推奨される。
- 出張ベースの法的代表者:法的代表者は、他の駐在員と比べて税務局から厳しく見られる傾向がある。税務局の見解によっては、代表者が実際にベトナムに来ていない場合でも、給与が発生すべきであるとの指摘を受けるリスクがある。そのため、ベトナム源泉所得の設定が推奨される。この際、設定金額が「全世界所得をベトナム滞在日数で按分した金額」よりも低い場合、妥当でないと見なされるおそれがあるため、金額の妥当性にも十分留意すべきである。
おわりに
ベトナムの個人所得税は日本の税制と異なり、駐在員や出張者には慎重な対応が求められる。特に税務調査での金額的インパクトも大きいことから、リスクを把握したうえで、正確な申告と納税を徹底する必要がある。
なお、今回の税制改正では、税率区分・控除額・非課税範囲のいずれにも見直しが及んでいる。改正の多くが2026年課税年度に遡って適用されるため、給与計算の再点検と確定申告に向けた調整を計画的に進めていただきたい。







