
企業の透明性確保へ ベトナム受益所有者規制導入
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2025年7月より、ベトナムで受益所有者(Beneficial Owner, BO)に関する規制が導入されました。これは国際的なマネーロンダリング対策基準に沿った制度であり、企業にはBOの特定・申告・保存義務が課されます。本稿では、その導入背景から認定基準、届出手続、罰則規定まで、新制度の全体像を整理します。
目次
規制導入の背景 ― 国際基準とマネーロンダリング対策
ベトナムが受益所有者(Beneficial Owner, BO)に関する規制を導入した背景には、国際的なマネーロンダリング対策基準への対応があります。特に、金融活動作業部会(FATF)の勧告に沿って企業の所有構造を透明化し、マネーロンダリングやテロ資金供与を防ぐことが求められてきました。
すでに多くの国では、持分比率10~25%や支配権の有無を基準に実質的な支配者を特定する規制が導入されています。ベトナムもこの流れに沿って法制度を整備し、匿名の名義株主による隠れた所有や租税回避、企業の不正行為を防ぐ狙いがあります。
BOの定義と認定基準
2025年6月17日に可決された「2025年企業法改正法(76/2025/QH15号)」により、ベトナムの法制度上で初めて「受益所有者(BO)」の概念が明文化されました。これに合わせ、7月1日施行の政令第168/2025/ND-CP号(以下、「政令168」という)では、BOを認定する具体的な基準が図表1の通り定められています。
図表1の(a)(b)いずれかに該当すれば、その人物は究極的な受益所有者と認定されます。なお、(a)の所有基準には間接所有も含まれるため、多層的な株式保有の場合でも、最終的にその権益を実質的に持つ個人を特定することが目的とされています。

BO情報の申告義務 ― 誰が・いつ・何を・どう提出するか
政令168は企業登録に関する手続きを定めるもので、BO情報の届出方法などについても詳細に規定しています。
届出義務の対象企業
BO情報の届出義務は、ベトナムに設立された法人格を有するすべての企業に原則適用されます。具体的には、一人有限責任会社、複数メンバー有限責任会社、株式会社、合名会社・合資会社などが含まれます。一方、国有企業、個人事業主などの企業形態は対象外とされています。
• 国有企業
国が100%出資する企業は、所有者が国家であり、民間の「隠れた個人所有者」が存在しないため除外
• 法人格のない個人事業者
個人商店のように法人格を持たない事業形態は、事業主=所有者が明白であるため除外
届出のタイミングと内容
政令168および改正企業法により、企業は設立時および変更発生時にBO情報を当局へ申告する義務を負います。届出のタイミング、および申告内容は図表2の通りです。

届出の方法
BO情報の届出は、企業登録申請や変更届出の一部として行います。具体的には、全国企業登録情報システムでのオンライン申請、または各省の企業登録窓口での書面提出時に、所定のBOリスト様式を含む必要書類を提出します。
2025年7月1日には財務省から通達68/2025/TT-BTC(以下「通達68」という)が発出され、企業登録に用いる標準様式が改訂されました。通達68には「受益所有者申告用のテンプレート」が新設され、7月以降のすべての企業登録申請で使用が義務付けられています。具体的には、図表2に示される「様式10」や「様式11」の添付が求められます。
BO情報が未提出の場合、企業登録申請や変更申請自体が受理されず差戻しとなる可能性が高いため、企業は必ずBOリストを含める必要があります。なお、該当者がいない場合でも、「BO該当なし」と記載したリストの提出を求められることがあります。

BO情報の保存義務
改正企業法は、企業にBO情報の収集・管理と当局への提供義務を課しています。例えば、第8条第5a項では「企業の受益所有者に関する情報を収集、更新、保存すること、また要求があった場合は、権限ある国家機関に対し、企業の受益所有者を特定するための情報を提供すること」が明記されました。
さらに、第216条1項(h)号では「企業は解散・倒産の日から少なくとも5年間、実質的所有者情報を保存すること」が定められています。このように、BOの定義から情報の収集・届出・保存に至るまで具体的な義務が網羅されており、企業は創業時から解散後まで一貫してBO情報の管理責任を負うことになりました。
申請フォームの記載内容
BO申請は通達68の付録「様式10」に従って行います。記載項目は図表3の通りです。

罰則規定 ― 行政制裁と刑事責任
受益所有者情報の未申告・虚偽申告は、ベトナム法令上、行政制裁の対象となります。具体的には、企業登録時に虚偽または不正確な情報を提供した場合や、変更があったにもかかわらず所定期間内に届出を怠った場合、最大で3,000万ドンの罰金が科される可能性があります。これは政令122/2021/ND-CP(計画投資分野の行政違反処分を定めた政令)に基づくもので、従来の企業登録違反(虚偽申請や変更届出懈怠)への罰金規定の範囲内で運用されます。今後はBO規制の重要性を踏まえ、違反に特化した制裁規定が追加される可能性もあります。
さらに、罰金だけでなく実務上の不利益にも注意が必要です。虚偽申告が発覚すれば当局による企業登録手続が停止・拒否されたり、場合によってはその企業における株主権や持分割合の有効性に疑義が生じるリスクもあります。改正企業法第16条では企業登録における虚偽・不正確・不誠実な記載が明確に禁止されており、違反した場合は企業や法定代表者に行政責任が追及される可能性があります。また、改正企業法第13条に基づき、法定代表人(代表者)は法令違反によって企業に損害を与えた場合、個人責任を負うことが定められているため、BO情報の正確な届出は極めて重要です。
刑事責任については、BO情報の不届出自体を直接処罰する規定は現時点ではありません。ただし、BO情報の秘匿がマネーロンダリングやテロ資金供与など他の犯罪に関連する場合、ベトナム刑法や「マネーロンダリング防止法(2022年法)」に基づき刑事罰の対象となり得ます。BO規制違反そのもので直ちに刑事責任を問われるケースは限定的ですが、悪質な目的があれば民事・行政に加えて刑事責任を免れないことを認識する必要があります。

まとめ
以上のように、ベトナムで新たに導入された受益所有者(BO)規制は、国際基準に沿って企業に高い透明性の確保を求めるものです。日本企業の法務担当者にとっては、現地法人設立時に追加で発生するBOリストの提出、持株構成変更時の届出、罰則リスク等を十分に理解し、グループ全体でBO情報を把握して迅速に共有する仕組みを整えるなど、社内体制の整備に努めることが重要です。









