「3S主義」とデータが拓く旅館の未来…老舗旅館「一の湯」に学ぶ生産性向上術
- 経営・事業運営
- # セミナーレポート
最終更新日:
公開日:

スタディストが主催するイベント『2025年の組織戦略』にて、事業リーダーの皆様にお届けしたいトピックの有識者や実践者に講演していただきました。
今回ご登壇いただいたのは、株式会社一の湯代表取締役社長・小川 尊也氏。創業395年という歴史を持つ老舗旅館でありながら、小川社長は従業員200人を抱え、箱根の旅館としての方向性について今の時代に即した形にモデルチェンジされています。
後編では、「人時生産性」の向上を支える「3S主義」、そして一の湯が実践してきた具体的な業務改革に迫ります。
(前編はこちらから)
目次
3S主義に基づく現場改革の実践
株式会社一の湯代表取締役社長 小川 尊也氏(※以下、小川):「人時生産性」を向上させる上で、私たちが非常に重要視しているのが「3S主義」です。これは「標準化(Standardization)」「単純化(Simplification)」「徹底化(Specialization)」の3つの“S”を指します。
標準化: 作業の方法と手順を明確に定め、例外的な行動をなくすこと。
単純化: 誰でも同じ行動ができるように作業を単純にすること。
徹底化: 標準化・単純化で決めたことを徹底し、他社より卓越すること。
これらの「3S主義」は、現場任せにするのではなく、業務システム部という専門部署が主導して進めます。業務システム部が定めたことを店舗で実験し、その結果を持って全店に拡大するという流れです。

この実験の最中に「観察」「分析」「判断」というサイクルを回し続けます。問題点を発見し(観察)、その原因を推定し(分析)、改善策を決定する(判断)という流れです。
当然、決められたことが100%正しいことはありません。必ず何かしらの問題点がでてきます。それを改善すべく、一の湯では13週の実験期間を設け、有益な数字が出たところで全店に展開するルールで行っています。
▼あわせて読みたい
業務標準化とは?進まない原因と効率的な進め方を解説
トレードオフによる提供商品の見直し
小川:「3S主義」と「観察、分析、判断」のサイクルを繰り返すことで、一の湯は様々な生産性向上策を実行してきました。その1つとして、「トレードオフによる提供商品の見直し」を実施しました。
「トレードオフ」とは、あえて一部の品質や機能を捨て、その代わりに重視する品質や機能を明確に決め直し、より使いやすい商品をつくることです。
具体的には、布団敷きサービスの廃止や、下足番の廃止、さらには女将・仲居制度の廃止などが挙げられます。
例えば、布団敷きサービス。もちろん、お客様の中にはそれがいいと思う方もいらっしゃると思います。ですが、お客様にとってプライベート空間に他人が入ることへの抵抗感や、朝食後に一眠りしたいといったニーズを阻害する可能性があります。人件費と照らし合わせ、「お客様にとって本当に必要なサービスは何か?」という視点から、固定観念にとらわれずに見直しを行いました。
センター機能による集約化
小川:2つ目の取り組み事例として、各店舗で行っていた業務を、専門のセンターに集約することで大幅な効率化を図りました。
そのひとつとして、予約センターを開設し、 全9施設の予約業務や問い合わせを一元化しました。今までの背景として、各店舗の個別の予約対応は、担当する従業員によって接し方のばらつきが生じていたり、重複業務が発生していました。ですが、この予約センターのおかげで、各店舗の従業員は電話対応や予約作業から解放され、お客様へのサービスに専念できるようになったのです。

また、セントラルキッチンを開設しました。各店舗に料理人を置かず、下ごしらえや調理の大部分を1つのセントラルキッチンで行い、それを各店舗に配送します。これにより、従来の旅館では料理人がいなければ成り立たない状況を、店舗では簡単な盛り付け作業のみで済むようになりました。
宿泊業界では料理人の人員不足が叫ばれている昨今ですが、現在、当社の9施設の料理はセントラルキッチンのスタッフ2名で回しています。
さらに一昨年からは、盛り付けセンターを導入し、盛り付け作業も集約しました。これにより、店舗の従業員は調理の仕上げや簡単な盛り付け以外は行わず、フロントや客室案内、清掃といったマルチジョブ体制を確立できました。
結果として、料理の口コミ評価(5点満点評価)が夕食メニューで4.0点から4.4点に、朝食メニューでは3.9点から4.2点に向上しました。朝食メニューはほぼすべての料理を盛り付けセンターで行い、現場では魚を焼く工程だけになりました。
時間的な余裕が生まれ、料理のバリエーションを増やすとともに、見た目や提供方法に工夫を凝らせるようになったことで、お客様の満足度が高まったのだと思います。
徹底したマニュアル化とデジタル活用
小川:一の湯のあらゆる作業は、徹底的にマニュアル化されています。これは「3S主義」における「標準化」を達成する上で必要不可欠な取り組みです。
一般的に「マニュアル化」と聞くと画一的で無機質なイメージがありますよね。ですが、私はそのようには思いません。むしろ、チェーンストア企業を志す会社としては、マニュアルがないことによる悪影響は計り知れないと考えています。マニュアルは作業の分業を可能にし、評価を客観的にし、従業員の自己育成にも繋がるからです。

当社のマニュアルは、冊子で12冊にも及ぶ膨大な量でした。改訂するにも、たいへんな時間がかかり、頭を悩ませていました。それらをマニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」を導入することで電子化に成功したのです。
これにより、改訂作業がスピーディーになり、常に最新のマニュアルを共有できるようになりました。また、システム上で「モデルワークスケジュール」も作成し、店舗ごとのシフト管理を従業員がいつでも確認できるようにしました。
また、複雑なヘルプ勤務に対応するため、紙ベースのタイムカードを止め、ノーコードのアップシート(Googleが提供するノーコード開発プラットフォーム)を活用したオリジナルの勤怠管理ツールを作りました。おかげで、責任者の管理工数が半減しました。
付加価値の向上と顧客体験の追求
小川:粗利益高(売上高から原価を差し引いた利益)を増やすために、高付加価値事業の取り組みも非常に重要です。インバウンド観光客が増加する中、私たちは既存施設のレベルアップ投資も積極的に行っています。
2023年には「品の木一の湯」、2024年には創業からの「一の湯本館」、そして「陽だまり一の湯」を大幅に改修しました。これらの改装により客単価が向上し、粗利益高の増加に繋がりました。

その他の取り組みとして、プライベートブランド(PB)商品のオリジナルラーメン、クラフトビール、シャンプーなどを開発しています。特にシャンプー開発は、既存の製品だと髪がゴワゴワになる……と個人的にも残念に思っていたこともあり、品質にこだわって自社開発したものです。これらは土産品としてだけでなく、地元のスーパーでも取り扱われ、お客様にも喜んでいただいています。
コロナ禍においては、SNSでの話題づくりやクラウドファンディングを活用した設備投資も行いました。設備投資の融資がストップする中で、約3,000万円もの資金調達に成功しました。
また、欧米のチップ文化を参考に、お客様からの良い評価に対して会社から手当(1票500円)を支給する制度を導入しました。従業員のモチベーションが向上し、お客様に喜ばれる接客が直接評価に繋がる仕組みとなっています。
まとめ
小川: 一の湯が実践してきた生産性向上や様々な施策は、全て「宿泊の常識を変え、宿によって日常生活の豊かさを提案する」という経営理念を達成するための「手段」です。決して取り組みが「目的」にすり替わらぬよう、お客様のため、従業員のために経営していきたいと思っています。
(前編はこちらから)







