「強い覚悟」と「本社のサポート」。8年間のタイ駐在で導き出した海外進出のポイントとは。
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海外進出は多くの企業にとって成長戦略の重要な一手ですが、その実態は決して甘いものではありません。言語の壁や文化の違い、人材の定着率、現地化への対応など、これらの課題にどう向き合い、どう乗り越えていくかが重要なポイントとなります。
Studist (Thailand) Co., Ltd. 代表の豆田裕亮は、2018年からタイに拠点を構え、クラウド型マニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」の海外展開を担ってきました。当初は3か月間の出張予定でしたが、現在は8年目に突入して今もタイに滞在しています。
海外拠点運営のリアルな実情とそれでもアクションをし続けていく意義について、詳しくお話を伺いました。
目次
「想定外」だった海外短期出張から始まった8年間の滞在
—— まず、スタディストへの入社の経緯について教えてください。
豆田:前職では製造業の設計・製造現場のコンサルティングをしており、実はスタディストで代表をしている鈴木が当時の上司でした。その後、私が部署を異動したことで鈴木と直接仕事をすることはなくなりましたが、年に2回程度食事をして情報交換を続けていました。ある時、鈴木からTeachme Bizの原型となる新しい事業の話を聞き、そちらの事業に参画することになったのです。それが私がスタディストに入社するきっかけとなりました。
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—— スタディストが提供するマニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」はどのように開発を進めていったのですか?
豆田:「Teachme Biz」は代表の鈴木を含む、製造業向けコンサルタント出身のメンバーによって開発されました。私自身、コンサルタント時代にPowerPointで1,000枚を超えるような操作手順書を作っては、「これは本当に骨が折れるし、PDFで納品したところで誰も見ないし更新もしない。ただ紙を無駄にしているだけではないか」という強い問題意識を抱えていました。
プログラミングの経験が豊富なメンバーがいなかったこともあり、開発メンバーはとても苦労しました。「現場の誰もが本当に簡単に使え、更新できるマニュアルツールが必要だ」という共通の想いから開発作業を進めていきました。開発は難航しましたが、最終的には前職のエンジニアの方に開発のイロハを教わる形で、2013年にようやくリリースにこぎつけました。
——そこからどのような経緯でタイ派遣が決まったのでしょうか?
豆田:スタディストの国内での事業が順調に成長していくなかで、本格的に海外への進出の検討が進んでいきました。進出先の候補としてあがったのがタイとマレーシアです。
その後、経営陣が参加する経営合宿での話し合いを経て、私がタイ拠点の設立を推進することになりました。正直、タイへの出張は私にとっても想定外の出来事で、非常に驚いたことを覚えています。
当時、Uberが新しい国でサービスを立ち上げる際に「ローンチャー」と呼ばれる手法をしていることを知りました。これは数名のチームを各国に派遣し、事業を立ち上げては次の国へ移るというやり方です。それを参考に、私たちも同様の取り組みをタイでできないかと検討していました。
しかし、実際に現地で事業を進めるなかで継続的な支援の必要性を強く感じました。そこで、最終的に現地法人の設立に至ったのです。当初は2018年1月にタイへ赴任し3ヶ月ほどで他の国に移動する予定でしたが、同年8月には法人を設立しています。当初の計画とは大きく異なる展開となったのが実際のところです。
重要なのは、現地の実情に合わせてアクションする柔軟性
—— タイ法人設立時は色々と苦労があったんじゃないでしょうか?
豆田:タイは人材の流動性が非常に高い傾向にあり、その点はかなり苦労しました。バンコク日本人商工会議所(JCC)の調査でも、日系企業の経営課題として「DX化」と並んで「従業員のジョブホッピング」が常に上位に挙がるほどです。そのため、最初の1か月で4名を採用したものの、人材が簡単には定着しませんでした。
タイ法人設立には通常、特別な場合を除いて、外国人1名に対してタイ人4名を雇用するという「1対4ルール」というものが存在します。ビザ更新には4名分の納税証明が必要なため、退職者が出るたびに急いで新たな人材を確保するのに本当に苦労しました。

—— 言語の壁についてはいかがでしたか?
豆田:言語の壁も想像以上に大きな課題でした。タイ語が全く分からないのに、契約書などの重要書類は全てタイ語で書かれているので、タイに行ったばかりの時は特に大変でした。今では簡単な内容なら話せて、読めるようになりました。
さらにクライアントの現場では、タイ人だけでなくミャンマーからの労働者など多様な国籍のスタッフが働いているため、業務内容の伝達も極めて困難な状況だと認識しました。
—— 現地の給与面について教えてください。
豆田:多くの日本人が誤解している部分でもありますが、「タイはアジアの発展途上国だから人件費が安い」という認識は完全に間違いです。特に優秀な人材の獲得競争は激しく、給与水準の高い非日系の外資企業に競り負けることも少なくありません。1年経ってようやく優秀な人材には相応の給与が必要だと痛感し、人件費の予算を倍に増額しました。少し前のジェトロ(日本貿易振興機構)のレポートで「部長級は日本よりも給与が高い」という内容にも、びっくりした人がたくさんいると思います。
これらの経験から、いかに現地のリアルな情報と実情を掴むことが重要かを思い知らされました。それは2018年時点でも肌感覚で感じましたし、このような先入観を持っていると大きな誤算につながると思います。現地の実情に合わせて、柔軟なアクションを取り続けることが何よりも重要です。
想定以上に、現地語への完全対応が求められた
—— サービスの現地化についてはどのような課題がありましたか?
豆田:当初は英語でのサービス提供が可能だと考えていましたが、実際にはあまり販売につながりませんでした。タイにおいてはタイ語への完全対応なしには売上を上げることはできず、ベトナムについても同様で、現地語への対応なしでは販売が困難だということを痛感しました。
大企業ほど現地化が進んでおり、特に日本の大企業はGM(ゼネラルマネージャー)レベルで現地スタッフを配置しています。GMレベルのスタッフは英語でのコミュニケーションが可能ですが、現場のワーカーレベルでは英語を理解できないため、サービスは現地語に完全対応する必要があります。
—— 現在はタイ以外の国にも展開されているのでしょうか?
豆田:はい、ベトナムやアメリカ、メキシコなど複数の国のクライアントにサービスを提供しています。基本的にオンラインで完結できるサービスなので、どこの国でも対応可能なのが特徴です。しかし、私はリアルでお会いすることの重要性を強く感じているため、マレーシアやシンガポールの企業には年に1、2回程度は必ず現地を訪問しています。
海外展開に必要なのは、強い覚悟と精神的なタフさ
—— タイに進出してから、国外事業における成果についてはどのようにお考えですか?
豆田:多くの方がスタディストの海外展開は順調だと評価してくださいますが、実は私自身としてはそのような実感は全くありません。正直にお伝えすると、現在でも事業継続には常に不安を感じている状況です。
運良く事業を継続できてはいますが、拡大スピードが特別早いわけでもなく、人数に対する売上が特別高いわけでもありません。人材の入れ替わりも激しく、現在のチームメンバーは3年以下の経験者ばかりで、人材定着も十分とは言えません。
これらを総合的に判断すると、成功と呼べる状況には達していないというのが率直な評価です。ただし、そのような気持ちがあるからこそ、常に試行錯誤をして愚直に頑張る姿勢を持ち続けられています。「まだ何も成し遂げていない」という意識を原動力に、心折れることなく成果につなげていきたいです。
—— そのような不安と隣り合わせの状況で、タイでの駐在が8年目を迎えています。挑戦し続けられる理由は何でしょうか?
豆田:実行するかしないかは最終的には覚悟の問題だと考えています。迷いがあるなら最初からやらない方がいいですし、やると決めたらトライアンドエラーを高速で繰り返し続けるしかないと考えています。
海外事業を担当するなら、精神的なタフさは絶対に必要です。現実は厳しく、心理的な負担に耐えられずに帰国してしまう人も少なくありません。それでも海外事業を成功させたいという強い覚悟がある方は、ぜひチャレンジしてほしいと思います。
—— 日本企業の駐在員は数年で帰国することも多いですが、長期滞在するメリットを教えてください。
豆田:長期間滞在し続けることによって構築される関係性は、短期間では決して築くことができない価値があると考えています。担当の帰国により、クライアントとの関係が途切れてしまうのは非常にもったいないと感じます。営業においてサービスの良し悪しは大前提ですが、「この営業担当者が信頼できるから購入しよう」という関係性も契約の決め手になると考えています。
私は今後もタイに滞在を続けるつもりですし、その方が望ましいと考えています。ここで築いた信頼をもとに、クライアントとの良好な関係を続けていきたいと考えています。そして、今後も現地でさまざまな人材の変遷を継続的に観察していく必要があると考えています。
海外進出成功のためのポイントは「現場に任せること」
—— 海外進出を検討している企業へのアドバイスをお願いします。
豆田:本社からのサポートは極めて重要で、日本にいる経営陣が拠点責任者を適切にフォローしなければ、現地での業務遂行は非常に困難になります。海外拠点の責任者がある程度の決裁権限を持っていないと、スピード感を保って事業を進めることができないのです。
とある会社では、現地で面接をして新しい人材を採用するときに、本社の人が面接をしないといけないという規則があるそうです。これでは、海外拠点の運営はうまくいきません。現地責任者を信頼し、一定額以上の支出には本社の承認が必要といったルールを設けつつも、現地の自主性を尊重する体制を整えることが重要だと思います。
—— スタディストの海外拠点では、本社からはどのようなサポートを受けているのでしょうか。
豆田:我々のタイ拠点においては、特にマーケティング活動において本社からのサポートを受けています。具体的にはリード獲得のためのシステム構築や広告の入稿作業などを支援してもらっている状況です。
さらにカスタマーサクセスの領域においても、英語案件などの現地スタッフだけではリソース的に対応が困難な案件については、本社の英語対応可能なメンバーにフォローに入ってもらっています。
そして、本社の情報システム部門にもタイ法人を本社と同等のレベルでサポートしてもらっており本当に助けられています。時々、無理難題をお願いして困惑させてしまうこともありますが。
私やタイ法人のスタッフがクライアント対応により多くの時間を割けるのは、「海外は別会社」というスタンスではなく、本社の全部門がサポートしてくれるからです。
このおかげで、タイ法人は全力でクライアントに向かい合うことができます。
——今後の展望について教えてください。
豆田:今後はWeb上でもリアルにおいても全方位的なマーケティングを強化し、まだお会いできていない新規の企業との接点を積極的に作っていきたいです。今後も柔軟な姿勢を忘れずに、さまざまなアクションを起こし続けていきたいと考えています。
まとめ
8年間の駐在経験から、海外進出における理想と現実のギャップが浮き彫りになりました。海外進出には言語の壁や人材の定着率の低さ、現地化の難しさなど、多くの課題が立ちはだかっています。
「実行するかしないかは覚悟の問題」という豆田の言葉は非常に印象的でした。海外進出は綿密な計画を練ることはもちろんですが、現地で起こる想定外の事態を乗り越える精神的な強さと本社からの継続的なサポートが成功の鍵なのかもしれません。
取材・文:小町ヒロキ








