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大ホーチミン市誕生 ベトナム省市合併の背景と展望

大ホーチミン市誕生 ベトナム省市合併の背景と展望

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ベトナムで省市の合併が行われ、これまで63あった省市を28省と6中央直轄市に統合した。日本の人口が約1億2千万人で都道府県が47であることを踏まえると、人口約1億人のベトナムにおける省市の数はやや多かったといえる。また、これまで地方行政は省・県・区の3段階で行われていたが、それを省と区の2段階とし、県を完全に消滅させた。

公務員削減を狙った省市合併

ベトナムでは、2030年までに中央政府の職員を15%、地方の職員を20%削減する方針が掲げられている。すでに2025年7月1日から施行されており、かなり大胆な改革といえるだろう。仮に現在の日本で同様の改革を実施しようとすれば、激しい抵抗に遭うのは必至だ。しかしベトナムでは意外にもスムーズに進んでいる。多くの人が行政を非効率とみなしていたからである。

この背景には歴史的経緯がある。ベトナム戦争終結後、多くの兵士が復員した。当時、政府は勝利した戦争の兵士を手厚く労う必要があったが、十分な財源がなかった。その結果、兵士や戦死者の遺族を公務員として雇用する措置が取られた。

あれから50年が経過した現在も、その伝統は残っている。英雄の子孫は依然として優遇され、公務員採用の基準は曖昧なままだ。形式的には公務員試験が存在するものの、実際にはコネが重視される傾向が強く、公務員としての能力や適性が必ずしも十分でない人材も採用されてきた。こうした状況を改めたいという思いは、以前から社会に根強く存在していたのである。

ベトナム 新省・市名

経済成長と対中関係に揺れたズン首相の失脚

だがその動きを2011年から2024年まで共産党書記長を務めたグエン・フー・チョン氏が止めた。ベトナム共産党の書記長任期は5年で、規定では2期までとされている。チョン氏は2011年に書記長に就任したが、党の理論畑出身であったため、1期目は実際の政治に十分な力を発揮することはできなかった。

当時の首相はグエン・タン・ズン氏で、彼はベトナム戦争時に若くしてベトコンの中隊長を務めた人物である。そのため現場を掌握する能力に優れ、チョン書記長1期目の実権はズン首相に握られた。ズン氏は2006年から首相を務め、この時期のベトナム経済は大きく成長していた。2016年にはズン氏がチョン氏を退け、書記長になると見られていた。そんなズン首相は経済成長を優先するあまり中国と距離を取り、米国に接近した。これが中国を刺激することとなる。

2012年に習近平氏が中国共産党総書記に就任した。習氏は汚職退治を武器に権力基盤を固めたが、ベトナムが米国に接近する動きを快く思わなかったとされる。ズン氏が南部出身で、北部の政治エリートからとの関係が複雑であったこともあり、彼らが習主席の威光を利用してズン首相を引退に追い込んだとする見方もある。

汚職摘発で権力を掌握したチョン書記長

チョン書記長は2期目に入ると、習総書記と同様に汚職退治を武器に権力を固めた。開発途上国の例に漏れず、ベトナムでも汚職は蔓延していた。汚職を理由にすれば、あらゆる政治家や官僚を排除できる。その状況は習氏の就任時に似ていた。

2017年、チョン書記長は政治局員であったディン・ラ・タンを失脚させ、最終的には逮捕に追い込んだ。それまで政治局員には不逮捕特権があると言われていたため、この出来事はベトナム社会に大きな衝撃を与えた。

次第に習主席の汚職退治が自己の権力固めと見透かされ、庶民の支持を失ったのとは対照的に、チョン書記長の汚職退治は苛烈であったものの、民衆には公平な取り組みに映った。彼は党の理論部門の出身で派閥を持たず、そのため派閥拡大を目的とした人事も行わなかった。

その結果、チョン書記長は国民から絶大な支持を受け、2021年には異例の3期目に突入した。汚職に関与していた高位高官も少なくなかったため、摘発の恐怖も相まって、チョン氏を「永久書記長」とまで言える地位に押し上げたのである。

萎縮する行政と再浮上するズン氏

しかし、彼が任期途中で亡くなる2024年7月まで、ベトナム政治は混乱を極めた。グエン・スアン・フック前国家主席、ヴォー・ヴァン・トゥオン国家主席、ヴオン・ディン・フエ国会議長などが相次いで失脚し、公務員は汚職摘発を恐れるあまり決済を先延ばしにする事態が続いた。

ベトナムの法律には時効がない。そのため、10年以上前に決済した案件が汚職として摘発される事案が頻発した。社会主義国では公務員はミスを犯せば処罰されるが、仕事をしなくても咎められにくい。そうした風潮のなか、公務員は汚職の疑いを招きかねない許認可には関わらない方が無難だと考えるようになった。

チョン書記長は2016年に実権を握ったが、彼が亡くなる2024年までベトナム経済は一定の成長を遂げた。ただし、「もしズン氏が書記長であったなら、ベトナムはさらに発展しただろう」と囁かれた。ズン氏は日本で言えば田中角栄元首相に似て、先見性と決断力に優れていたが、一方で汚職体質とも言われた。退任後も南部を中心に一定の影響力を維持していたとされ、チョン氏の死去によって、ズン氏に再び出番が巡ってきた。

現在のトー・ラム書記長は北部出身である。彼の父親はベトナム戦争時に南部に派遣され、当時ベトコンの中隊長だったズン氏と親交を持ったとされる。そうした経緯もあり、ラム氏はズン首相時代に目をかけられ、公安省で出世した。

ラム現書記長はチョン前書記長時代、公安省トップとして汚職摘発の最前線に立ち、多くの政治家や官僚を逮捕した。そのため、彼を恨む者は少なくない。特に南部には強い反発があるといわれる。身の安全を守る意味でも、ラム書記長はズン氏の力を借りざるを得ない立場にある。

図表1 ベトナムの実質GDP成長率の推移

大ホーチミン市誕生で強まる南部の存在感

こうした政治状況の中で省市の再編が行われた。今回の再編で特筆すべきは、大ホーチミン市の誕生である。ホーチミン市は隣接するバリア・ブンタウ省とビンズオン省と合併する。バリア・ブンタウ省は海沿いに位置し観光地として知られ、ビンズオン省には多くの工業団地が集積している。これによりホーチミン市はベトナムGDPの約4分の1を稼ぎ出す都市となる。一方、ハノイ市は従来のままである。

この意味は大きい。ホーチミン市の発言力が増すからだ。ベトナム戦争は「北部が南部に勝利した戦争」と捉えることもでき、その経緯から南部は北部に従属せざるを得ない構図が続いてきた。南部の人々の間には「ホーチミン市で稼いだ資金が税として吸い上げられ、北部で使われている」との不満が根強く存在していた。

ズン氏の息子は来年、中央で要職につくと見られている。さらにズン氏の娘が経営する証券会社が国の指定する有力企業に名を連ねるなど、ズン氏の影響は露骨なまでに広がっている。それでも南部で反発はほとんど見られず、むしろ南部はズン氏の力を借りて勢力を拡大しようとしている。

ラム政権に課せられた歴史的な役割は、チョン書記長時代に止められていた政策を再開することにある。その第一歩が省市合併と公務員削減である。同時に、ハノイとホーチミンの地下鉄拡張、南北新幹線、原子力発電所建設といった計画も動き出している。これらはズン首相時代に構想されたものの、チョン書記長の時代にはほとんどが凍結されていた。

共産党体制下における経済成長の展望と課題

ベトナムは共産党体制である。共産党体制では選挙によって人事が交代することがなく、力のある人物が権力を掌握すれば、その人物が死亡するまで権力を維持するケースが多い。ベトナム戦争末期から辣腕を振るったレ・ズアン書記長が死去した年にドイモイが始まったこと、またチョン書記長が死亡するまで今回のような改革が進められなかったことは、その証左である。そう考えると、ズン氏は影の実力者として今後も政治に強い影響力を及ぼし続ける可能性が高い。

地政学的に見ると、ホーチミン市はカンボジア、タイ、マレーシアに近接し、東南アジアの中心都市として発展する可能性を秘めている。経済的にも、中国に近いハノイより優位に立ちやすい。

今後、ベトナムはチョン書記長時代の政治的混乱を乗り越え、経済発展を遂げる可能性が高い。ただし、共産党独裁による過剰投資には警戒が必要だ。野党やマスコミのチェック機能が働かない体制では、経済成長が軌道に乗ると投資過剰に陥りやすい。すでに不動産バブルの兆候も見られる。

さらに、地下鉄、南北鉄道、原子力発電所の建設に必要な資金を政府が自前で賄うことは難しい。ODAや海外からの融資、あるいは民間資金を活用するとしているが、その実現性には不透明な部分が多い。

もっとも、このような資金不足は途上国の発展過程では珍しいことではない。注意深く推移を見守る必要はあるものの、それでもホーチミン市を中心とする南部が高い経済成長を続けることは確かであろう。ホーチミン市を中心としたベトナム南部から目を離せない。

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執筆者
川島 博之
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
Martial Research & Management Co. Ltd.,
チーフ・エコノミック・アドバイザー

1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。