
トランプ関税が直撃するベトナム・タイ経済 フィリピンへの影響は限定的
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世界はトランプ大統領に振り回されっぱなしである。それは、なんだかんだ言っても、米国の経済力と軍事力が卓越しているからだ。中でも、「トランプ関税」は、世界経済を大混乱に陥れている。90日の猶予を設けているものの、ベトナムに46%、タイに36%、フィリピンに17%の関税を課すとしている。ちなみに、日本は24%、中国にはすでに145%の関税を課している。
目次
中国を主対象に東南アジアにも拡大するトランプ関税
トランプ関税がベトナム、タイ、フィリピンに及ぼす影響について、データから考えてみたい。米国への輸出額を見ると、東南アジア3国の中ではベトナムが最も多く970億ドル、次いでタイの488億ドル、フィリピンの114億ドルとなっている。日本の米国向け輸出額は1,441億ドル、中国は5,002億ドルである。米国に対する貿易黒字額では、ベトナムが831億ドル、タイが293億ドル、フィリピンは29億ドル、日本は616億ドル、中国は2,918億ドルとなっている。輸出額でも貿易黒字額でも、中国が突出して多い。米国にとって貿易戦争の主敵は中国である。
なお、この輸出入統計には一定の誤差が含まれている。例えば、2023年の日本から米国への輸出額は1,441億ドルだが、米国の日本からの輸入額は1,472億ドルで、約2%の差がある。中国から米国への輸出額は5,002億ドルに対し、米国の中国からの輸入額は4,268億ドルと、約15%少ない。このような差異は他のケースでも見られる。
貿易収支と経常収支に見る各国の経済構造
2023年の貿易全体の収支を見てみよう。ベトナムは283億ドルの黒字、タイは51億ドルの赤字、フィリピンは531億ドルの赤字、日本は698億ドルの赤字、中国は8,232億ドルの黒字、米国は1兆621億ドルの赤字となっている。貿易収支がGDPに占める割合は、ベトナムが+6.5%、タイが-1.1%、フィリピンが-13.6%、日本が-1.7%、中国が+4.7%、米国が-3.5%となっている。
日本の貿易収支は赤字だが、国全体のお金の収支である経常収支は25兆3,390億円の黒字となっている。これは、金融収支が黒字になっているためだ。日本は過去に行った海外投資から配当などの収入を得ている。日本の経常収支はGDP比で+4.2%となっている。同様に、経常収支のGDP比はベトナムが+5.8%、タイが-0.2%、フィリピンが-2.8%、中国が+1.5%、米国が-3.0%である。
タイの経常収支のマイナス幅は、貿易収支よりも小さくなっているが、これは観光収入が大きく貢献しているためだ。フィリピンでは、出稼ぎ労働者(フィリピン・メード)からの送金額がGDPの1割にも達しており、それが貿易収支の大幅な赤字を補填している。
中国の経常収支は、貿易収支よりも3.2%小さい。これは、中国の貿易黒字が主に外資系企業の輸出によって支えられているためだ。中国には外資系企業が多く、これらが輸出で貿易黒字を稼ぐ一方で、海外に配当を支払っている。米国や日本はこれまで中国に多くの投資を行い、中国企業から多くの配当を受け取っている。米国の金融収支はプラスだが、それでも大幅な貿易赤字を帳消しにするには至っていない。米国の経常収支はGDP比で3.0%ものマイナスとなっている。


米国の経常赤字に根ざすトランプ関税と各国への影響の違い
トランプ関税は、トランプ大統領の気まぐれで生まれたものではない。本当の理由は、GDP比で3.0%もの経常赤字をこのまま続けていくことができない点にある。ドルが基軸通貨であるため、米国はドル札を刷ることで赤字を補ってきた。実際には紙幣を刷るのではなく、コンピューター上の操作によるものだが、このようなことを繰り返していれば、いずれドルの信認が失われる恐れがある。米国はいつか貿易赤字を改善しなければならない。そう考えれば、トランプ大統領の任期が終わっても、米国は関税などを通じて貿易赤字の縮小を図ろうとするだろう。この点はよく認識しておく必要がある。
トランプ関税が東南アジア経済に与える影響は極めて大きい。特にベトナムでその影響が大きく、タイが続く。一方、フィリピンへの影響は比較的小さい。ベトナムの米国向け輸出額はGDPの22.4%にも上り、米国に対する貿易収支は19.2%の黒字となっている。これに対し、タイはそれぞれ10.1%と6.1%、フィリピンは2.9%と0.8%である。また、日本は3.4%と1.5%、中国は2.8%と1.7%となっている。ベトナムとタイの経済は米国への輸出に大きく依存しているが、フィリピンの依存度は低い。GDP比で見ると、日本と中国の米国向け輸出依存度はフィリピンと同程度である。つまり、日本や中国もベトナムやタイほど米国への輸出に依存してはいない。
中国が米国から得ている貿易黒字は、GDPの1.7%に過ぎない。このことは、米国が中国に高関税を課しても、中国がそれほど慌てない理由の一つになっている。仮に中国と米国との間の貿易がゼロになったとしても、それは中国のGDPを1.7%押し下げるに過ぎない。


トランプ関税を逆手に取る中国とブロック経済化の可能性
筆者は、習近平主席は内心ではトランプ関税を喜んでいるのではないかと考えている。現在、中国は不動産不況に苦しんでいる。中国の不動産関連産業はGDPの4分の1を占めるとも言われていたが、その不動産産業がいま壊滅状態にある。そればかりか、企業も個人も過去に不動産取得のために借りた多額の借金に苦しんでいる。まさに日本のバブル崩壊時と同様、あるいはそれ以上に厳しい状況だ。そんな中で、トランプ関税が降ってきた。まさに泣きっ面に蜂と言ってよい状況だが、それは民衆にとっての話である。習近平と共産党にとっては、別の側面がある。不況の原因を米国に押し付けることができるからだ。
まさに、先の大戦中に日本で作られた標語「欲しがりません勝つまでは」ではないが、米国の関税を理由に、国民に耐久生活を強いることができる。
中国が周辺国を引き入れ、ブロック経済を作る可能性も出てきた。そこを「元」経済圏にすれば、ドルに対する為替レートを気にする必要がなくなる。米国の孤立主義を受けて世界のブロック経済化が進めば、中国共産党は一方の大将になることができる。それは、中国共産党が生き残る上で好都合だ。物や人が自由に出入りする状況は、独裁政権にとって好ましくない。このように考えれば、中国がトランプ大統領に一歩も引かず、強気を貫いている理由も理解できる。


米中対立下で問われるベトナムとタイの成長戦略
ベトナムはトランプ関税の影響を最も強く受ける。それにタイが続く。両国がトランプ関税から受ける影響は、日本や中国の比ではない。2025年4月14日から15日にかけて、習近平主席がベトナムを訪問した。この訪問の目的は、トランプ大統領の一連の施策を受けて、ベトナムに圧力を加えることにあったと言ってよい。ベトナムは、中国とベトナムを結ぶ鉄道建設をはじめとする中国の提案をほぼ丸呑みにした。それは、安全保障を考えたとき、中国に逆らうことができないためである。
米国への輸出額がGDPの22.4%も占めるベトナムが、米国ではなく中国になびく姿勢を示した。今後、米越間で関税に関する交渉が行われることになるが、それはベトナムにとって厳しいものになるだろう。米中対立がさらに先鋭化すれば、ベトナムは中国の経済ブロックに入らざるを得ないが、それは冷戦下においてソ連の経済圏にあったかつての東ヨーロッパ諸国を思い起こさせる。ベトナムにとって、過剰生産力を抱える中国とブロック経済を作ることは、まったくメリットのない選択であり、望ましい未来ではない。
タイは中国と直接国境を接していないため、ベトナムほど安全保障に留意する必要はない。その選択には自由度がある。タイは第二次世界大戦前、東南アジアで唯一独立を守り抜いた国であり、冷戦下のベトナム戦争の時も、巧みな外交によって利益を得ることができた。しかし今回は、タイ経済にとって大打撃となる。それは内需中心の経済に転じる絶好のチャンスでもあるが、赤シャツと黄シャツの争いに象徴されるように、国内には深刻な対立があり、格差是正に取り組むことは難しい。延いては、内需振興も困難になるだろう。
これまでベトナムとタイは、米中双方と自由に交易できる環境下で成長してきた。この構造が崩れることは、両国の経済に致命的な打撃を与える。このことを念頭に、今後の両国経済を見ていく必要がある。









