
トランプ再選がアジアに及ぼす影響
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トランプ氏が米国大統領に再選された。彼の政策は貿易と資本移動の自由を否定するものであり、これが米国国内だけでなく、東南アジア諸国や中国を含む世界経済に大きな影響を与えると予想される。本稿では、歴史的な視点に立ちながら、トランプ再選が東南アジアに及ぼす影響について考えてみたい。
目次
トランプ氏再選の背景にある米国の貿易赤字
トランプ氏が再選された理由の一つに米国が抱える膨大な貿易赤字がある。図表1に米国と東南アジア諸国、さらに日本と中国の貿易収支を示す。2023年、米国は1兆ドルを超える貿易赤字を計上した。一方で、中国は8,232億ドルの黒字を記録している。この表を見れば、トランプ氏だけでなく、米国全体が中国を非難する理由がよく分かるであろう。

図表1を見ると、フィリピンが異質な国であることがわかる。東アジアにありながら、フィリピンは輸出によって国を発展させる路線を選んでこなかった。これには、前回説明したように、キリスト教徒とラテン文化が根付いた国であることが関係していると思われる。フィリピンでは経常収支から貿易収支を引いた値がプラスになっているが、これは海外に働きに出た女性が本国に送金しているためである。
中国は安価な労働力を活用して多くの製品を製造し、それを世界中に大量に輸出している。米国は、中国が生産する安価な製品の最大の買い手である。中国製品が安いために、米国民は喜んで購入している。だがそれでは米国で工業製品を作っていた人々が困ってしまう。かつて米国中西部には数多くの工業製品を製造する工場が存在していたが、その多くが廃業してしまい、現在では「ラストベルト(さびれた工業地帯)」と呼ばれている。
トランプ次期大統領は、このような状況を是正しようとしている。彼は2016年の選挙でもそうであったが、中国からの輸入品に高い関税を課すことを公約に掲げ、今回も当選した。本稿執筆時点の12月において、トランプ氏は中国に対する関税を現在よりもさらに10%引き上げると表明している。中国の今後の出方次第では、関税をさらにアップするであろう。
東南アジア諸国の多くは中国と同様に貿易黒字を計上している。東南アジア9ヵ国の貿易黒字の合計は2,235億ドルに達し、中国の貿易黒字の約3割に相当する。東南アジアの立場は中国によく似ている。トランプ政権の出方によっては、東南アジアから米国への輸出も大きな影響を受けるであろう。
経常収支が示す国全体の経済バランス
貿易収支はよく話題に上るが、ある国の経済を考える上では経常収支の方がより重要である。図表1の中欄に経常収支を示す。経常収支は国全体の収支状況を反映しており、経常赤字が続くと通貨が暴落するなど多くの困難に直面する。米国はドルが基軸通貨であるため、経常赤字を垂れ流していても、これまでのところ大きな問題は生じていない。だがこのような状況が続けばドルの信任が揺らぎ、大問題に発展する可能性がある。米国はこのような状況を改善したいと考えている。
経常収支は、貿易収支に資本収支や旅行代金などを加えたものである。多くの人が訪れてお土産代や宿泊費などを落とせば、それは経常収支にプラスに働く。反対に外国に旅行してお金を使えばマイナスに作用する。ただし、旅行代金が経常収支に与える影響はそれほど大きくない。経常収支の中では、資本収支が大きな割合を占めている。
貿易赤字でも経常黒字、海外資産が稼ぎ出す日本経済
日本の2023年の貿易収支は131億ドルの赤字であった。これは工業製品を輸出して稼ぐ時代が終わったことを示している。もはや日本は「世界の工場」ではない。しかし、経常収支は黒字である。つまり国家全体としては儲かっている。経常収支が黒字である理由は、近年多くの観光客が日本を訪れていることもあるが、その大半は海外の資産が稼ぎ出している。海外に設立した工場の収益、海外の債権や株式からの配当である。
日本は1980年代に米国に対して大幅な貿易黒字を計上したが、それが貿易戦争に発展した。その後、日本は自動車工場などを米国に移転した。これらの工場では米国人が働いているが、そこで出た利益は日本に還流している。貿易収支は額に汗して稼いだお金とも言える一方、資本収支は投資による利益である。人間の一生に例えるなら、貿易によって稼ぐ時代は一生懸命に働いている成年期であり、資本によって稼ぐ時代は老齢期と言えよう。
図表1の右欄には、経常収支から貿易収支を引いた値を示している。この大半は海外の資本が稼いだ収益を表している。マイナスは国内にある外国資本が海外に送金した金額を表している。日本は米国とほぼ同額を海外から得ている。一方、中国は5,702億ドルを海外に支払っている。これは、中国の輸出産業が海外から資本と技術を導入していることに起因しており、配当や技術使用料などを海外に支払っているためである。
資本家が利益を享受し、労働者が苦境に立つ現代の社会構造
ここに述べたことは、現代社会を理解する上で極めて重要である。それは、海外の資本から得られる利益の多くが富裕層の手に渡るからだ。日本の多くの大企業は海外に工場を作って利益を上げている。また、富裕層は資産を持っている。富裕層が資産を銀行に預けたとしても、さまざまな経路を通じて海外の債権などに流れ、利益を生み出している。つまり、経常収支から貿易収支を引いた金額の多くは、大企業の社員や富裕層に渡っている。この構造は、大学生が一流企業に入社しようと熱心に就職活動を行う原因にもなっている。
日本は昭和の終わり頃に一億総中流と呼ばれた格差のない社会を作り出すことに成功した。だが平成になった頃から格差が話題になり、令和になると大きな問題に発展した。日本が輸出で稼いでいた時代に格差は問題にならなかったが、海外の資本で稼ぐ時代になると、大企業に勤めている人々と地方に住む人々、また金融資産を持つ者と持たない者との間で格差が広がった。米国でも同様のことが生じた。それがトランプ現象を引き起こした。
東南アジア諸国の状況は中国によく似ている。輸出で稼いでいるものの、その利益の多くが配当や技術使用料として海外に流出している。これは日本や米国の裏返しと言って良い。
ここで述べたことは、トランプ氏が登場するまで米国が中国の莫大な貿易黒字を容認してきた理由にもなっている。米国の富裕層は中国に資本を投下して儲けている一方で、米国の労働者は職を失った。貿易の自由化に資本移動の自由が加わると、豊かな国では資本家が利益を享受し、労働者が職を失う。米国では、東海岸と西海岸の豊かな州において資本と貿易の自由を謳う民主党が強く、内陸部で孤立主義を主張するトランプ氏率いる共和党が強い。

貿易自由化と格差がもたらす日本版トランプの可能性
同様のことは、日本の政治を理解する上でも役立つ。日本の世論には中国に対して否定的な感情を抱く声もある一方で、大企業は中国への投資で利益を上げている例も多い。そのため、経団連をはじめとする経済界やその意を受けた政治家が、中国に融和的な発言をすることもある。こうした動きに対して、一部の人々はネット空間で「媚中派」と批判的な意見を発信している。また、大手マスコミは広告収入など経済界との関係を背景に、中国に関する報道で配慮が見られる場合もある。
貿易と資本移動の自由は、米国だけでなく日本にも格差社会を作り出した。日本で活躍するある外国人エコノミストは、日本にもトランプのようなリーダーが必要だと指摘している。ネット空間では、経済界やその意を受けた政治家に対し批判的な声も上がっているが、それを超えるような動きはまだ見られない。未だ日本版トランプは出現していない。
政治的思潮においても世界の最先端を走る米国で、孤立主義を掲げるトランプ現象が生じた。トランプ現象は冷戦終結後にフランシス・フクヤマが唱えた「民主主義と資本主義の組み合わせが最善であり、世界は一つのシステムに収斂する」という考えが崩壊したことを示している。
トランプ氏再選の影響を強く受ける東南アジア
冷戦崩壊後、東南アジアは中国と同様に貿易と資本移動の自由の恩恵を受けて成長してきた。米国で資本と貿易の自由を否定するトランプ現象が生じたことは、今後の東南アジア経済に悪影響を与えることが必至である。
トランプ氏の再選は世界経済における転換点となった。それは冷戦の終結に匹敵する歴史的な出来事である。その影響を最も強く受けるのが中国であることは言うまでもないが、ミニ中国とも言える東南アジア諸国も同様に、その影響を強く受ける。東南アジアでビジネスを行う我々は、この大きな流れの変化に気づかなければならない。
川島博之氏 主な著書
『日本人の知らないベトナムの真実(扶桑社新書)』
中国と国境を接し、2000年の歴史を持つが、日本と全く異なる社会主義の世界を紹介! ベトナムの歴史、政治、経済、産業がわかる!
その他、『「食糧危機」をあおってはいけない』『農民国家・中国の限界』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。
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