
トランプ再登板と中国 長期戦で試される習近平体制
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トランプ大統領の再就任以来、矢継ぎ早に繰り出される大統領令が世界を揺るがしている。このような状況の中で、中国は今後どうなっていくのだろうか。まず、中国の政治と経済の現状を概観し、その後、トランプ政権が中国に対してどのような態度で臨むのかを考えてみたい。
目次
中国不動産バブルの崩壊が引き起こす政治の混乱
今年になって中国の不動産大手「万科」が巨額の赤字を計上した。万科は、中国に数多くある不動産企業の中でも特に高い評価を受けており、深圳市政府との関係も深いことから、いくら不動産不況が深刻化しても万科だけは大丈夫と言われてきた。しかし、その万科が倒産の危機に直面している。すでに会長とCEOが辞任し、中国の不動産不況は一層深刻さを増している。
どの国でも経済の不調は政治の混乱へと発展する。日本も例外ではなかった。1990年のバブル崩壊後、政治改革の機運が高まり、1993年には非自民政権として細川内閣が誕生した。1994年になると、自民党は政権を取り戻すために社会党の党首を首班に担ぎ、その後、橋本内閣による行政改革や小泉改革を経て、2008年には民主党政権が誕生した。
この一連の動きをどう評価するかは別として、日本の政治の在り方が大きく変わったことは確かだ。汚職が減り、政治の風通しが良くなった。また、男性中心だった社会の雰囲気も変わった。2024年には、「不適切にも程がある」と題した昭和の社会通念を揶揄したドラマが人気を博した。
2027年党大会を前に揺らぐ習近平の求心力
中国の今後を考える上で、2027年に開催される中国共産党大会は重要である。習近平は、2022年の党大会で異例の第三期目に突入したが、2027年以降も引き続きトップにとどまりたいと考えている。それは政治局常務委員の中に次期主席候補と目される人物が見当たらないことからも明らかだ。
そんな習近平も、不動産バブルが崩壊し経済悪化が続く中で、求心力が低下し始めた。その兆候は、2024年夏に行われた北戴河会議後に現れた。北戴河会議とは、毎年8月初旬に共産党の現役指導者が引退したOBと意見を交わす場である。北戴河は渤海湾に面した避暑地であり、水泳を好んだ毛沢東がかつて一夏を過ごし、その際に側近を呼び寄せて秋の会議に向けた下相談を行ったとされる。それがいつしか北戴河会議に発展した。
秘密会議であるものの、多くの人が参加するため、時間が経つにつれて内容が漏れ出る。昨年の北戴河会議では、一部の長老が習近平の政権運営に苦言を呈したとされる。さらに、会議中に習近平が軽い脳梗塞か心臓発作を起こしたとの情報もある。すぐに回復したようだが、それ以降、習近平はやや老け込み、元気がないようにも見える。

台湾侵攻をめぐる軍との対立
その頃から、習近平の軍に対する求心力の低下が頻繁に指摘されるようになった。習近平と軍の不協和音は、台湾侵攻をめぐる意見の相違に起因している。習近平は、2027年の党大会前に台湾を「解放」し、自身の4期目続投を確実にしたいと考えている。しかし、人民解放軍は自らの戦力を冷静に把握しており、台湾侵攻には慎重な姿勢を示している。
中国と台湾の間には台湾海峡があり、侵攻するには海峡を輸送船で渡り、敵前上陸を行う必要がある。しかし、これは極めて困難な作戦となる。第二次世界大戦では、サイパン島、硫黄島、沖縄、ノルマンディー、朝鮮戦争では仁川で上陸作戦が行われたが、いずれも米軍が圧倒的な海軍力と空軍力を有していたからこそ可能だった。
唯一、サイパン島の戦いでは、日本海軍が制海権と制空権を取り戻すために全力で反撃に出た。これがマリアナ沖海戦である。日本は空母9隻に戦闘機450機を搭載して出撃したが、空母15隻に最新鋭のグラマンF6戦闘機など900機を擁する米海軍に完敗した。日本のレーダーや通信設備が米軍より劣っていたことも敗因の一つだった。この海戦での勝利により、米軍は以降、自由に上陸作戦を実行できるようになった。上陸作戦では制空権と制海権の確保が極めて重要である。兵員を運ぶ輸送船は攻撃に弱い。
中国の台湾侵攻に対し、米国がどのような態度を取るかは今一つ明らかになっていないが、台湾海峡を渡る輸送船を飛行機、ミサイル、潜水艦などで攻撃することは、地上軍を派遣するよりもハードルが低く、米軍が関与する可能性は高い。中国は、米軍が介入することを前提に上陸作戦を考えなければならないが、もし米軍が関与すれば作戦の成功はおぼつかない。多くの輸送船が沈められて多数の戦死者が出る。このリスクこそが、習近平と軍の対立の底流にある。
2027年に党大会が開かれることを勘案して、台湾侵攻の可能性が最も高いのは2025年から2026年とされてきた。しかし、軍が反対していることを踏まえれば、今後2年間に台湾侵攻が実行される可能性は低いと見てよい。
経済不況と民衆の不満が生む社会不安
習近平は手詰まりの状態にある。台湾解放の看板を下ろすわけにはいかないが、次の党大会までに実行することもできない。一方で、不動産不況の出口は見えず、時間の経過とともに状況は悪化している。今年も6月には1,000万人以上の大学生が卒業するが、「卒業即失業」という厳しい現実は変わらない。
習近平と中国共産党は、民衆の不満が自分達に向かうことを恐れている。徹底した監視社会を築いてきたことで、これまで大きな混乱は抑えられてきたが、昨年は「何も恐れない無敵の人」による通り魔事件が多発した。また、小籠包を食べるために30万人とも言われる若者が自転車で湖南省開封市に向かうという珍事も発生し、幕末の「ええじゃないか」と言って踊り狂った騒動を彷彿とさせる。不安や不満が高まった状態が続くと、ちょっとした出来事がきっかけで民衆が予期せぬ行動に出ることがある。そして、それが歴史の転換点となることが多い。習近平にとって、気の抜けない日々が続いている。
共青団の冷遇と習近平の権力維持
中国共産党は一枚岩ではない。先の党大会では、習近平が胡錦濤を多くの人が見ている前で退場させた。胡錦濤は、亡くなった李克強とともに共産主義青年団(共青団)出身であり、共青団には高学歴で有能な官僚が多い。しかし、彼らは習近平に疎まれた。習近平自身は清華大学の出身だが、父親が副首相だったことから、文化大革命の混乱が収まった後に入学を許可されたとされる。試験を受けての入学ではなかった。
習近平は学歴にコンプレックスを抱いている。そのため、彼が重用する人物の多くは学歴が高くない。一方で、共青団出身者は習近平が政権の座に着いて以降冷飯を食わされてきた。その代表格が胡春華である。彼は16歳で北京大学に入学した秀才であり、共青団のプリンスだった。胡錦濤は彼の庇護者であり、2022年の党大会で常務委員にしようと考えていた。しかし、胡春華は常務委員に選ばれなかったばかりか、政治局員の座にも留まることができなかった。胡錦濤は党大会で胡春華の名前が政治局員の名簿にないことに気づき、抗議しようとしたために退場させられたとされる。
共青団に連なる人々は、復讐の機会を窺っている。しかし、現状では習近平路線を否定することは極めて難しい。共青団は知的水準が高く、不動産バブルの崩壊は誰が政権を担っても食い止められないことを理解している。
民衆は習近平の統制強化により、息苦しさを感じてきた。そのため、仮に胡春華が政権を握れば、締め付けを緩めざるを得ない。そうでなければ、習近平を失脚させた意味がない。しかし、これは諸刃の剣となる。統制を緩和すれば、ソ連でゴルバチェフが登場した際のような状況が生まれかねず、胡春華自身が中国のゴルバチェフとなってしまう可能性がある。共青団に連なる者であっても、共産党員は党体制の下で利益を享受しており、共産党体制が崩壊しては元も子もない。
共産党内部から習近平を積極的に交代させようとする動きが出る可能性は低い。しかし、毛沢東が大躍進運動の失敗後に劉少奇に国家主席の座を譲ったように、次の党大会で権力を分散させることは考えられる。いずれにしても変化は微温的であり、経済の悪化が共産党独裁体制を揺るがすことはないだろう。

中国を徐々に孤立させ、習近平を追い詰めるトランプの「微温的な対中戦略」
米国国務省や国防省も、おそらく本稿とほぼ同様の分析を行っているだろう。米国の狙いは、中国の国力を削ぐことにある。ソ連のように共産党体制が崩壊し、その後の混乱で国力が大幅に低下するのが理想だが、ゴルバチェフの失敗を見た中国が同じ轍を踏むとは考えにくい。そのため、米国は中国を少しずつ孤立させ、力を削ぐ戦略を取ると見られる。かつて「チャイメリカ」と称されるほど、21世紀初頭から中国と米国の経済は一体化してきた。しかし、米国はそんな両国経済の結びつきを少しずつ分離させ、自国経済への影響を最小限に抑えつつ、中国を孤立させる方向に進むだろう。
トランプは就任当初から中国に対して強硬な政策を連発すると思われていたが、これまでのところ、目立った強硬策は取っていない。対中関税の引き上げも10%に留まっている。また、習近平と電話会談を行ったと述べ、彼との個人的な関係は良好だと発信している。ただし、ここで「中国との関係が良い」とは言っていないところがミソだ。この情報はトランプ側からのみ発信されており、中国側は何もコメントしていない。
米国国務省、国防省、そしてトランプも、中国に対して最も効果的なのは、長期的に圧力をかけ続ける方法だと考えている。中国が台湾侵攻などの冒険主義的な行動に出ない限り、急激な対立は避けつつ、徐々に影響力を削いでいく方針を取るだろう。
このようなトランプの出方に最も困っているのは習近平である。もしトランプが強硬な対中政策を打ち出せば、童話「北風と太陽」の例えではないが、反米を掲げて国内世論をまとめることができる。しかし、トランプが過激な対中措置を取らず、貿易赤字の削減を求める程度に留まるのであれば、庶民の反米感情はさほど高まらない。そうなれば、深刻な不況に対する怨嗟と責任の追求は習近平と共産党に向かうことになる。
次の4年間、トランプは微温的な態度で習近平に臨むだろう。習近平にとっては、そんなトランプと会談しても得るものは何もない。一方で、トランプは習近平と会談することで「台湾侵攻を抑止した」と宣伝することができる。もっとも、中国はトランプと会談しなくても台湾に侵攻することはないのだが…。また、貿易交渉についても、何らかの成果を勝ち取ったと喧伝することができる。不動産バブルの崩壊によって中国経済の優位性は失われつつあり、日本の貿易黒字が縮小したように、トランプが強硬な姿勢を取らなくても、いずれ中国の貿易黒字は縮小していく。
日本企業が取るべき戦略
日本人と日本企業ができることは、米国が中国を孤立化させようとしている現実を見誤らないことである。トランプが微温的な態度を取るからといって、米国が中国と共存しようと考えているなどと思ってはいけない。米国の中心にいるアングロサクソンは、優しい言葉と軍事力による圧力を組み合わせることによって、英国がナポレオンを打倒して覇権を握って以来、世界を動かしてきた。彼らの世界戦略を甘く見るべきではない。
一方で、中国共産党の体制は依然として強固であり、そう簡単に崩壊することはない。私見であるが、中国の歴史を振り返ると、その崩壊は習近平の死と密接に関係していると思っている。中華人民共和国の「ラストエンペラー」は習近平であり、中国の歴史は皇帝が作る。西太后が死去してからわずか3年後に清朝が崩壊したように、習近平の死が共産党体制の終焉をもたらす可能性がある。ちなみに、習近平は歳男であり、今年の6月で72歳を迎える。人の寿命は予測できないが、あと20年生きてもおかしくない。
日本企業は、トランプの対応がそれほど強硬ではないからといって、中国市場に再びチャンスが訪れると考えてはならない。米国は長い目で中国を弱体化させようとしており、そんな中国市場に期待を寄せても、最終的には裏切られるだけである。米国衰退論が言われて久しいが、現在に至っても米国は依然として強大な影響力を持つ。この世界で米国に逆らって繁栄することは難しい。この事実を忘れるべきではない。
川島博之氏 主な著書
『日本人の知らないベトナムの真実(扶桑社新書)』
中国と国境を接し、2000年の歴史を持つが、日本と全く異なる社会主義の世界を紹介! ベトナムの歴史、政治、経済、産業がわかる!
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