
ベトナムの民事契約② 不動産、IT、製造業における注意点
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ベトナムでの契約実務は、業界特有の規制や商習慣、言語や法的手続の問題から、外国企業にとっては複雑になりがちです。前回は、日系企業がベトナムで民事契約を締結する際の一般的な留意点をお伝えしましたが、今回は不動産・IT・製造業において、特に注意すべき実務上のポイントを解説します。
目次
不動産業界における注意点
契約書の形式要件と公証
ベトナムにおける不動産売買契約では、書面による契約と公証が法定要件とされており、これらを欠いた契約は原則として無効とみなされます。土地使用権や住宅の売買にあたっては、必ず公証人役場での公証手続きを経る必要があります。
また、予約段階の契約や媒介契約についても、公証を行っておくことで将来的なトラブルを回避できるため、実務上は公証を徹底することが望ましいです。
外国人の不動産取得制限
ベトナムは社会主義であることもあり、不動産の取得にはさまざまな制限が設けられています。例えば、外国籍の個人や外資企業はコンドミニアムの全戸数の30%までしか保有できないこと、土地は所有ではなくリース(使用権)扱いとなることなどが挙げられます。名義借りに該当するような不適法なスキームに巻き込まれないよう、契約相手のステータスや所有枠の上限などを事前に確認することが重要です。
また、送金についてもベトナム国内の銀行口座を介して行うなど、法令に則った対応が求められます。これらが適切に行われていない場合、将来的に不動産を売却しても、日本へ売却代金を送金できないといった問題が生じる恐れがあります。不動産の購入や送金に関しては、専門家への相談を推奨します。
オフプラン物件の売買とリスク管理
開発中の不動産(いわゆるオフプラン物件)の取引においては、開発許可の有無や抵当権の設定状況など、未確定要素が残りやすいため、契約締結前のデューデリジェンスが不可欠です。分割金の支払スケジュールは、不動産業法における支払率制限など、関連法令に適合させる必要があります。
また、開発会社が竣工できなかった場合に備えた保証制度や返金条項をあらかじめ契約上で明確に定めておき、引渡し完了までの間のリスク管理を徹底することが重要です。
土地使用権証書(ピンクブック)と所有権移転
ベトナムでは、不動産の権利は政府が発行する土地使用権証書(いわゆるピンクブック)によって一元的に管理されています。契約後、買主名義への変更登録が完了しなければ、法律上の所有権および使用権は確立されないため、十分な注意が必要です。そのため、売主による登録協力義務、未払い税の清算、既存ローンの抹消といった取引完了時の必要条件については、あらかじめ契約書に明記しておくことが重要です。
また、多くのコンドミニアムでは、いまだ土地使用権証書が発行されていないケースもあり、譲渡に際してはデベロッパーが契約上の譲渡手続きに関与しているのが現状です。このような状況を踏まえると、デベロッパーの信用性も非常に重要な要素となります。
IT業界における注意点
知的財産権とソフトウェア開発
ソフトウェアの開発委託やライセンス契約においては、日本と同様に、著作権やノウハウの帰属先を明確に規定することが不可欠です。ベトナム法では、たとえ職務著作であっても、契約で明示的に定めない限り、著作者人格権が開発者個人に残る場合があるため、成果物の利用範囲やソースコードの取り扱いについては、契約書などで明確に文書化しておく必要があります。
また、オープンソースを利用する場合には、第三者の権利を侵害するリスクにも留意する必要があります。万一紛争が生じた場合に備え、責任分担のルールについてもあらかじめ取り決めておくと安心です。
データ保護と秘密保持
2023年に施行された個人データ保護に関する政令の影響もあり、ユーザーデータや個人情報を取り扱うITサービス契約においては、目的外利用の禁止や第三者提供時の同意取得義務など、遵守すべき事項が増えています。日本企業がベトナムでITサービスを提供する場合には、現地法に準拠したプライバシーポリシーやデータ処理契約(DPA)の整備が重要です。
また、秘密保持契約(NDA)を締結する際には、対象となる情報や存続期間を明確に定め、独立した契約として法的な拘束力を持たせる工夫も求められます。
契約不履行時の救済と保証
システム開発やITサービス提供契約においては、納期の遅延や性能上の不具合が発生した場合の救済措置として、遅延損害金や違約金の規定を設けるのが一般的です。ただし、ベトナム商法では、契約対価の8%が違約金(ペナルティ)の上限とされている点に留意が必要です。
また、クラウドサービス等においては、データ消失リスクに備えた免責条項や損害賠償の上限を定めることがありますが、過度に一方当事者を免責する規定は、ベトナム民法上の「善意原則」に反するものとして無効と判断される可能性があります。そのため、当事者双方のバランスに配慮した条項設計が求められます。
準拠法と紛争解決方法
IT分野は国境を越える取引も多いため、契約書には準拠法および紛争解決機関(仲裁または裁判所)を明示しておくことが非常に重要です。契約当事者の一方のみがベトナム法人であれば、ベトナム法以外の外国法を準拠法として選択することも認められていますが、実際の執行性や、ベトナム法における強行規定との関係を事前に確認しなければなりません。
紛争解決手続については、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)、JCAA(日本商事仲裁協会)、VIAC(ベトナム国際仲裁センター)など、国際仲裁機関を活用する例が多く見られます。
製造業界における注意点
品質仕様と検収プロセス
製品仕様書や品質基準、検収方法については、契約書に添付し、ロットごとに不具合が発生した場合の対応を明文化しておくことが不可欠です。一部のロットにのみ問題が生じた場合でも、契約全体が頓挫することのないよう、支払いや受領の条件を項目別に細分化しておくことが望ましいです。これにより、不良が発生していない部分の生産・納品を継続し、代金の回収も確実に行うことが可能となります。
支払条件・為替リスク
ベトナム国内での取引では、原則としてベトナムドン(VND)建てが基本となりますが、輸出入を伴う契約であれば外貨建てによる取引も可能です。ただし、その場合は為替変動リスクや外国為替規制への対応が必要となります。L/C(信用状)の活用や為替調整条項の設定、遅延利息条項の明記など、支払条件については慎重に検討することが望まれます。
また、ベトナムの商事取引においては、債権回収に関する出訴期限が2年と定められているため、トラブルが発生した場合には、早期に法的手続きを検討しなければ権利を喪失するリスクがあります。
遅延と不可抗力条項
製造業では納期の厳守が求められるため、納品の遅延が発生した場合の違約金や損害賠償の取り扱いは極めて重要です。ベトナム商法では、違約金の上限が契約対価の8%と定められているため、その範囲内で合理的な金額を設定するとともに、遅延損害金や遅延利息についても、ベトナム国内の定期預金金利を上回る利息(例:日率0.03%や0.05%など)で設定するのが望ましいです。
また、天災やパンデミックなど不可抗力(フォース・マジュール)による履行不能のケースに備えて、通知手続やスケジュール延長の可否などを契約上明確に規定しておくことで、将来的な紛争時の不確実性を軽減することができます。
製造物責任と保証
完成品に関する品質保証や、瑕疵担保責任の範囲・期間をあらかじめ定めておくことで、トラブル発生時の対応を円滑に進めることが可能となります。ベトナムにも消費者保護法や民法上の一般的な不法行為に関する規定は存在するものの、契約上で修理・交換や損害賠償の条件を明確にしておくことで、実務上のリスクを軽減することができます。
また、下請先への再委託が行われる場合には、責任の所在を明確に定めておくことが重要です。さらに、リコール対応も、サプライチェーン全体で協力できるよう契約条項として整備しておくことが望ましいです。









