
ベトナムの民事契約① 日系企業の留意点と契約書作成の実務ポイント
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ベトナムにおける契約実務は、業界特有の規制や商習慣に加え、外国企業・外国人が関与する場合には、言語や法的手続の問題も生じるため、複雑化しやすい特徴があります。本稿では、民事契約における注意点について、まず今回の総論で概観し、次回は不動産・IT・製造業といった主要分野における留意点を、実務的な視点から解説します。
目次
外国企業や外国人が関与する契約の留意点
契約言語と翻訳
一般的に、法律上明記されている一部の契約類型を除き、契約書をベトナム語で作成することは義務づけられていません。ただし、ベトナムの裁判・仲裁の手続きはベトナム語で行われるため、契約書のベトナム語版は実務上きわめて重要です。
ベトナム語以外の言語のみで作成された契約であっても、公的翻訳という手続きにおいてベトナム語へ翻訳された場合の誤訳が争点となり、紛争に発展するリスクがあります。また、不動産取引など公証が必要な契約では、ベトナム語版の契約書を公証人に提出する必要があります。そのため、日英ベトナム語のバイリンガル契約とし、優先言語や翻訳の整合性について明記しておくことが望ましいです。
署名権限と印章
ベトナム企業では、法定代表者以外が契約書に署名する場合、委任状が必要となります。委任範囲を超えた署名は、契約無効のリスクにつながるため、契約締結前に相手方の社内権限や委任状の有無を確認しておくことをお勧めします。
また、会社実印(社判)の押印は法律上の必須要件ではありませんが、実務上は押印が慣習となっており、原則として押印すべきです。やむを得ず押印ができない場合には、将来的な紛争を防ぐため、契約書上に「署名のみで有効とする」旨を明記しておくことが望ましいです。
準拠法と管轄
契約当事者の一方が外国企業または外国人である場合、その契約は「外国的要素」を有するものとされ、外国法を準拠法として選択することも可能です。ただし、不動産取引など一部の分野では、ベトナム法の強行規定が適用され、外国法の選択が認められない場合があります。
また、労働契約や消費者契約などでは、外国法を選んだ場合でも、その内容がベトナム法に定める最低保護基準を下回る部分については、ベトナム法が優先的に適用される可能性が高いです。国際仲裁や中立的な裁判所を管轄として指定する場合には、相手方の合意を得ることはもちろん、将来的に判決や仲裁判断がベトナム国内で執行可能かどうかも含めて、慎重に検討・交渉する必要があります。
送金・為替と税務上の考慮
ベトナム国内における契約および支払いは、原則としてベトナムドン建てで行わなければならないとされています。国外の企業への送金や外貨建て契約を設定する場合は、契約内容を明確にし、銀行への説明や手続きを適切に行うことが求められます。
ベトナムでは外貨管理が厳格に行われており、契約上の送金は契約の内容を明確化する必要があります。また、配当送金やローン返済であれば、株主としての登記、税務申告の記録、中央銀行へのローン登録といった関連証明書類の提出が必要になります。
さらに、契約金額には付加価値税(VAT)や外国契約者税(FCT)が課税される可能性があるため、税込・税抜の扱いや税負担者を明確に契約書に記載しておくことが重要です。
一般的な契約条項とリスク管理の方法
損害賠償条項と違約金(ペナルティ)
ベトナムの民法および商法では、商事契約における違約金の上限は契約義務額の8%と規定されており、日本の感覚で高額なペナルティを設定しても、そのままではベトナムでの執行が困難となる場合があります。一方、実際に損害が発生した場合には、損害額を立証することで追加の賠償請求が可能です。ただし、「違約金の支払いによって他の賠償請求を免れる」といった条項がある場合には、その合意内容が優先されます。
また、過度に一方当事者に不利な条項は、信義誠実の原則に反するとして無効となるリスクもあるため、バランスのとれた条項の設定が大切です。
支払いが遅れた場合の遅延利息については、年利20%までの設定が可能とされていますが、ローカル企業との取引では、商慣習や利率への感覚の違いから、ベトナムにおける一般的な定期預金金利(2025年1月時点で約4.85%)を超えない場合は、支払いがなされないことも少なくありません。そのため、実効性を確保する観点からも、できる限り年利10%を超える水準で遅延利息を設定して利息を請求する意思を示しておくことが望ましいです。
契約期間と更新
ベトナムでは、自動更新条項は有効とされています。ただし、消費者契約においては、事前の通知や契約終了の機会を十分に与えない場合、無効と判断される可能性があります。商事契約においても、契約更新の手続きや通知方法をあらかじめ明記し、更新後の条件や料金を明確に定めておくことで、トラブルの予防につながります。
解除・終了条項
重大な違反があった場合の解除権や、一定の通知期間を経た任意解約は、契約上で合意があれば認められます。ただし、「重大な違反」の定義が曖昧なままだと、紛争時に解釈を巡って揉める可能性があるため、「累積○日の支払遅延」や「是正勧告に応じない場合」など、具体的な要件を契約書に明記することが望ましいです。
また、解除後の前払金や履行済み部分の取扱い、秘密保持義務などが継続するか否かについても明確に規定し、契約終了後の権利義務を整理しておくことが重要です。
紛争解決条項
契約書において、紛争解決方法(裁判所または仲裁)および準拠法を明確に定めることは極めて重要です。仲裁合意を無効にしないため、仲裁機関や仲裁地、使用言語を正確に記載し、モデル条項を参照するか、専門家によるレビューを受けることを推奨します。
また、紛争発生時に即座に法的手段に訴えるのではなく、一定期間の協議や調停手続きを設けておくことで、迅速かつ円満な解決に結びつく可能性が高まります。

ベトナム語と日本語の契約書作成の実務ポイント
契約文化と条文構成の違い
日本の契約書は、包括的かつ条文が長文化する傾向がありますが、ベトナムでは依然として簡潔な契約書が主流です。日本特有の条項(反社会的勢力排除条項など)は、ベトナムの法制度や商慣習とは馴染まない場合があるため、相手方に対して十分に趣旨を説明したうえで、必要に応じて簡略化や削除を検討します。
曖昧表現の排除
日本語では「善良なる管理者の注意義務」などの抽象的な表現が多く用いられますが、ベトナム語に翻訳すると意味が伝わりにくく、当事者間で解釈の不一致が生じる恐れがあります。契約書の段階で、具体的な行為レベルにまで落とし込んだ表現に置き換えるか、英語の一般的な法的用語を併記するなどの工夫をすることが望ましいです。
背景説明と条文化
紛争が発生した場合、ベトナムの裁判所や仲裁機関は契約書の文言そのものを重視する傾向があります。事前交渉の背景や当事者の意図は、契約書に明記されていなければ参照されにくいため、重要な取引条件や想定されるシナリオは、できる限り契約書に盛り込む必要があります。第三者が読んでも理解できるレベルの明確かつ具体的な記述を心がけることが、将来的な紛争の予防につながります。
翻訳チェック体制
日本語とベトナム語の二言語契約を作成する際には、法律用語に精通した翻訳者または弁護士によるクロスチェックが不可欠です。特に、金額、日付、固有名詞などの誤記は、重大なトラブルを引き起こすおそれがあります。条文ごとに対訳を並べる形式(二段組など)を採用し、内容の整合性を確認しやすくする工夫も有効です。最終的にどちらの言語を正文とするか、あるいは両言語を正文とするかを契約書に明記し、万が一の齟齬が生じた場合の優先ルールを定めておくことが望ましいです。
おわりに
本稿では、ベトナムにおける民事契約の基本的な留意点と契約実務の要点を解説しました。ベトナムでの契約実務には、署名や押印の取扱いなど、日本とは異なる点が多く見られます。そのため、契約を締結する際には、契約言語、署名権限、準拠法の選定、税務対応など、現地の法制度や商慣習への理解が不可欠です。特に契約書作成においては、曖昧な表現を避け、翻訳の整合性や条項の明確化を図ることが重要です。必要に応じて、翻訳者や弁護士などの専門家によるクロスチェックを受けることが、紛争の予防につながります。
次回は、業種別の具体的な実務ポイントを取り上げます。








