
「小さく始めて、現場に合わせて調整する」福岡運輸・富永社長が語る“完璧を求めすぎないDX推進”
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創業から60年以上にわたり、冷凍輸送の分野で日本の食品物流を支えてきた福岡運輸株式会社。代表取締役社長の富永泰輔氏は、「派手な変革ではなく、現場の課題から一歩ずつ改善を重ねることがDXの本質」だと語ります。
前編では、福岡運輸がDXに本格的に取り組んだきっかけや、全社横断型プロジェクトである「T-プロジェクト」について詳しくお話を伺いました。
後編では、教育分野において進んでいるDX活用や富永社長が語るDX推進における経営判断のあり方について伺いました。
(前編はこちらから)
目次
コロナ禍をきっかけに着手した従業員教育のデジタル化。研修コスト削減と学習機会の拡大
――従業員の教育という観点では、どのような取り組みを実施したのでしょうか?
福岡運輸株式会社 代表取締役社長 富永泰輔氏(以下、富永):コロナ禍がきっかけではあったのですが、従業員の教育を効率的に実施するために、研修のデジタル化に取り組みました。
もともと、全国3〜4ヶ所に拠点の社員を集めて研修をしていたのですが、交通費や日当などのコストがかなりかかっていたのです。さらに、日程の調整や移動の手間もあり、全体的にかなり効率が悪い状態が続いていました。
コロナ禍の影響で「そもそも集まれない」状況になったことも重なり、ドライバーが隙間時間を使って学べる仕組みをつくろうと考えました。そこで活用したのが株式会社スタディストのマニュアル作成・共有システム「Teachme Biz」です。
トラックの待機中や配送の合間など、限られた時間を有効に使えるのは「Teachme Biz」の大きな魅力です。集合研修ができないからといって、社員教育そのものを止めるわけにはいきません。福岡運輸としては、どんな状況でも社員のレベルアップを続けたいという思いがあったので、従業員教育のデジタル化には大きな手応えを感じています。
――「Teachme Biz」の導入後は、どのように活用の幅を広げていったのでしょうか?
富永:当初は研修動画を中心に使っていたのですが、今ではそれだけにとどまりません。
例えば、実際に発生した交通事故の映像を共有して「こういうケースでは気をつけよう」と全員で学ぶなど、教育コンテンツを社内で簡単に配信できるようになりました。
また、運送業界では「法定12項目」と呼ばれる年1回の教育が義務付けられています。これは、安全運転や健康管理など12のテーマに沿って行う研修のことですが、以前はどうしても「形だけ」になりがちでした。
実際に、資料を配って「見たらサインしてね」という運用も珍しくなかったのですが、今では従業員が研修動画を見れるような体制を整え、誰がいつ視聴したのかを管理できるようになりました。受講状況が可視化されたことで、教育の質や社員の安全意識が安定してきたと感じています。
この仕組みにより、2024年3月時点での法定12項目の受講率は100%を達成し、事故件数も前年より約170件減少、さらに研修の待ち時間も年間1,000時間ほど短縮できました。
業務効率化で生まれた時間をどう使うか。顧客対応強化と業務改善への投資
――DXによって業務が効率化されるなかで、新たに生まれた時間はどのように活用されていますか?
富永:効率化によって生まれた時間の使い方を考えることは、会社として非常に重要だと考えており、正直なところ、やらなければいけない仕事は山ほどあります。
その中でも特に重要なのは、お客様とのコミュニケーションを強化することです。そして、これまで日常業務に追われてなかなか手が回らなかった業務改善に向けた活動にも時間を割けるようになっています。
具体的には、職場環境の整備や業務プロセスの見直しといった、地道だけれど重要な改善活動です。「今更ながら」という感じもあるのですが、このような基盤を固める活動は本来とても大切だと考えています。
物流業界は長時間労働になりやすい環境なので、DXによって事務職員の業務時間を短縮できること自体が、非常にポジティブなことだと考えています。そこで生まれた時間を「次の改善」に充てることで、より良い働き方とサービス品質の両立を目指していきたいですね。

完璧を求めず小さく試す。新しいITツールの導入判断と撤退基準の考え方
――新しいITサービスやツールの導入にあたって、どのような姿勢を大切にされていますか?
富永:物流業界でも「物流テック」と呼ばれるようなITベンチャーが数多く登場していますが、私はそうした企業と積極的にコミュニケーションをとることを心がけています。たとえ、その会社の知名度があまりなくても、まずは話を聞くようにしていますね。
面白そうだと感じたら「小さく試してみる」といったマインドが、DXを継続的に進めるうえで重要なのだと思っています。最近ではサブスクリプション型のサービスも増え、1ユーザーあたり月額数百円、トラック1台あたり1,000円台といった価格帯も珍しくありません。
だからこそ、「まず試してみて、良ければ広げる」というやり方がしやすい時代になりました。最初から「これはうちには合わない」と決めつけるのではなく、オープンな姿勢で取り組むことが大事だと思っています。
――ITサービスやツールの導入判断や、続ける・やめるといった判断はどのようにされていますか?
富永:変化の激しい領域であるDXにおいて、私はまず「完璧を求めすぎないこと」を強く意識しています。まずは小さく始めて、もし合わなければ無理に続けずにやめることも大切です。サブスクなら撤退もしやすいですし、そこに過度なプレッシャーをかけないようにしています。
そして、展示会などでは多くの企業と名刺交換をしますが、最終的に導入するかどうかの基準は「自社の現場にフィットするかどうか」です。元の用途にこだわらず、一部の機能を組み合わせて自社向けに再設計するケースもあります。
DXの推進は、完成品を買って終わりというものではありません。現場の意見を聞きながら、少しずつ調整を重ねていくプロセスそのものがDXの推進なのだと思っています。
地道な改善の積み重ねが生む大きな変化。現場主導のDX推進で描く福岡運輸の未来像
――今後のDX推進について、どのような構想をお持ちですか?
富永:今後のDX推進については、これまでと同じく「現場の改善を積み重ねていくこと」を大切にしたいと考えています。
私たちのDXは、業務効率化や情報共有の延長線上にあり、いわゆる「破壊的イノベーション」のように業界全体を一気に変えるものではありません。しかし、地道な改善を継続することこそが、最終的に大きな変化を生むと感じています。
その象徴が、当社の物流情報プラットフォーム「TUNAGU」です。これまで各部署で個別に進めてきた効率化の取り組みをTUNAGU上で連携させることで、単体では3割の改善にとどまっていたものが、組み合わせによってより大きな成果を生み出すようになりました。
こうした取り組みを通じて、点の改善を線につなげ、将来的には面として広がっていくような仕組みを目指しています。今後も、現場主導での改善を積み重ねながら、より働きやすく、価値を生み出せる組織づくりを進めていきたいと考えています。
――現場で活躍されている方は、今後のDXについてどのように考えているのでしょうか?
富永:現場に近いところでDX関連業務をしている担当者からは、「DXを一部の担当だけで終わらせず、社員一人ひとりが日常の中で改善を意識できる会社にしたい」という発言がありました。
社員が自ら課題を見つけ提案するような風土が根付けば、DX化をさらに加速させることができます。それに加えて、社内だけでなく取引先や協力会社との間でもデジタル連携を強めていくことが重要です。
いまだに紙やFAXでのやり取りが中心の企業も多いのが現状ですが、若い世代の社員にとっては、そうした環境が働きづらさにつながるケースも考えられますね。だからこそ、デジタル化を進めて、次世代がより活躍しやすい職場を整えていくことが重要だと感じています。
「つなぐ」というキーワードのもと、社内・協力会社・お客様のすべてがスムーズにつながる仕組みをつくり、物流業界全体の最適化に貢献していくことが、私たちの次の目標です。
DX推進で経営者が持つべき姿勢。完璧主義を捨て、一歩を踏み出す勇気が組織を変える
――最後に、この記事を読んでいる中小企業の経営者に向けて、メッセージをお願いします。
富永:繰り返しになりますが、最初の一歩は意外とシンプルで、まずは色んな人の話を聞いてみてください。こちらが聞く姿勢さえ持っていれば、思った以上にフランクに話をしてくれる方々ばかりです。
「話を聞く」「小さく試す」「合わなければ見直す」という3つを繰り返していくだけでも、組織は確実に変化していきます。また、必ずしも特別なIT人材を外部から採用する必要はありません。現場で働く社員が、実践の中で“デジタル人材”へと成長していく可能性があります。
実際に当社のDXを支えているメンバーも、もともとはトラックの配車や現場業務を担っていた社員です。学ぶ機会を与え、外の世界に触れる環境を整えることで、社員は着実に成長していくと感じています。
完璧を求めるのではなく、まずは一歩を踏み出してみてください。その小さな一歩が、貴社ならではのDXを生み出す第一歩になるのではないかと思っています。
(前編はこちらから)
取材・文:小町ヒロキ
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