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今の時代を生きるリーダーが持つべき文脈思考

今の時代を生きるリーダーが持つべき文脈思考

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弊社スタディストは、事業リーダーの皆様にお届けしたいトピックの有識者や実践者をお招きしたイベント『2025年の組織戦略』を開催しました。

本講演『今の時代を生きるリーダーが持つべき文脈思考』では、一橋ビジネススクール特任教授・楠木建様に、めまぐるしく情報が飛び交う今だからこそ、理解しておきたい文脈思考をテーマにお話しいただきました。

はじめに

一橋ビジネススクール特任教授 楠木建様(※以下、楠木):
競争戦略の分野で仕事をしている楠木です。以前『逆・タイムマシン経営論』という本を書きました。かつて、孫正義さんの述べた「タイムマシン経営」の逆を考えてみた本です。

タイムマシン経営は「未来は既にどこかで実現している」という思考に基づきます。その逆とは「過去が事実として積み重なっている」ということです。未来を正確に予想することは誰にもできません。一方、過去は事実のため、頼りになります。

同時代性の罠

楠木:毎日、メディアからはあらゆる情報が発信されており、「今こそ激動期!」「DXに乗り遅れるな!」といった話を連日目にします。

これは今に始まった話ではありません。これまでもその時々で、多くの人が注目する重要な問題がありました。それに対し、様々な人が様々なことを言い、考え、実践してきました。それが過去としてずっと積み重なっているのです。

未来は気になりますが、たまには過去を見てみるのも良いのではないでしょうか。僕は前述の本を書いたとき、多くの新聞や雑誌を、戦争が終わった80年前まで遡って読みました。

結果、「同時代性の罠」がある点が見えてきました。現在で言えば生成AIのような、そのときの旬なテーマには、ステレオタイプ的なものの見方が強く入り込み、それがバイアスをかけてしまいます。同時代性の罠

激動期トラップ

楠木:具体的な例として挙げられるのは、僕が「激動期トラップ」と呼ぶ同時代性の罠です。「今こそ激動期!」や「100年に一度の危機」、「戦後最大の危機」といったフレーズを使いたがる人が大勢います。実際、創刊50年以上のある雑誌では、先のコロナ騒動を「戦後最大の危機」と呼んでいますが、その表現を使ったのは創刊以来20回以上に上ります。

そうしたフレーズを多用する人や媒体は、一度も「今こそ平常期」という表現は使いません。毎年毎月毎週、「今こそ激動期」だと言うのです。しかし、激動は論理的に連続しません。「今は至って普通」なのです。

「激動期」発言を繰り返す人に、ではどうすれば良いかと尋ねると、大抵「判断が難しい」といった答えが返ってきます。理由を問うと、「激動期だから」との答えです。彼らは一生懸命変化を追いかけますが、目が回ってしまう訳です。目が回っている人にまともな意思決定はできないと思います。

近年、日本的経営が崩壊していると言われていますが、49年前(1976年)の雑誌の記事でも同じようなことが言われていました。半世紀たっても崩壊しきっていないことになります。他にも、普通は滅多に起きないことを革命と言うはずなのに、誌面上では毎年産業革命が始まっている雑誌もあります。「商社3.0」のように、2.0との本質的な違いが明示できない、何か新しいフェーズに入ったニュアンスを出す表現も多用されています。

なぜこのような事態が起きているかと言うと、こういう話を読みたいという需要があるためです。しかし、明確ではない表現は、いわば高校球児たちの「目指せ、甲子園」のような掛け声に過ぎません。

経営者がやってはいけないことのひとつが「掛け声をかける」ことだと考えます。掛け声は、何の構想も戦略も実行もない人の逃げ場です。それで、曖昧なことを考えず、そう簡単には変わらない論理を競争戦略について提供したいと思います。

戦略のゴールとは

楠木:まず、ゴールが間違っていると戦略の意味がありません。経営者の立場で一番大切なのは何か、考えてみてください。戦略のゴールは?

僕は「長期利益こそがゴールであり、経営の巧拙を示す物差しだ」と考えます。なぜなら、長期利益が実現していれば、顧客満足や従業員満足、成長、社会貢献など、他の大切なことは大体全て実現できる、またはできているからです。

例えば「顧客満足」に関しては、長期利益によって競争の中で顧客に対して独自の価値をつくっていると証明できるため、一番正直な指標と言えます。賃上げを含む「従業員満足」についても、儲かる商売があるからこそ労働分配が可能になります。ケーキの切り分け方を考える前に、ケーキを大きくすることが経営者の仕事です。

企業ができる最大の「社会貢献」は、法人所得税を支払うことです。社会的な目的のために使える富を創出する、というのが企業の社会貢献であって、他の活動は全部おまけだと思います。ファーストリテイリングの2007年度の方針も、松下幸之助が1965年に掲げた基本方針も「儲ける」でした。

利益について、WTP(willingness to pay)という言葉をよく使います。競争の中で、顧客が支払いたくなる水準を指し、企業側からすると売上です。

顧客がそれに価値を感じ、払いたくなるから売上になりますが、それを獲得するには、コスト(C: Cost)がかかります。利益(P: Profit)がWTPからコストを引いた残りであるとするならば、できることは「WTPが増える」「コストが減る」「その両方」の3つのうちどれかしかありません。非常に単純な話です。

長期利益というゴールから離れた余計なことを考えると、だんだん駄目になっていきます。ESG(E: Environment/環境、S: Social/社会、G: Governance/ガバナンス、企業統治)という考え方があります。今どき、Eが駄目では顧客に選んでもらえず、Sが駄目では誰も働いてくれません。Gが駄目では株主に愛想を尽かされます。つまり、儲かりません。長期利益を考えれば、ほぼ自動的にESGの全ての条件を満たすことになります。

渋沢栄一の『論語と算盤』では「商売は時として暴走するので、道徳でセーブしなければならない」という考えが書かれています。これをバランス論として捉えている人がいますが、そうではありません。渋沢さんは「算盤(そろばん)だけの人は欲がない」と言っています。なぜなら道徳的な商売が一番長期で儲かるからです。

サステナビリティも競争市場での実需であり、ユニクロのリサイクル活動も商売の中でやっていることです。近年、ほぼ全量リサイクル原料を使ったエアリズムがよく売れるようになった、つまりWTPが上がりました。顧客に理由を尋ねると、こっちのほうが気分が良いからとのことです。

飛び道具トラップ

楠木:逆・タイムマシン経営論』の中で、「飛び道具トラップ」という議論をしています。その時々の旬の飛び道具のようなものが出てきては消える、それを歴史の中でずっと繰り返している、という議論です。現在の飛び道具としては、「サブスク(サブスクリプション)」と呼ばれるお金の取り方が挙げられます。

この手の飛び道具は、多くの場合、最初に華々しい成功事例とセットで登場します。サブスクの場合、初期に注目を集めたのはAdobeの戦略転換です。それまではパッケージソフトの売り切りだった商法が、クラウドへ移行し、サブスクリプションになりました。結果としてユーザー数が増えて売上も上がり、優れた戦略でしたが、少し考えたい点があります。

サブスクに移行するずっと前から、Adobeの戦略の焦点は「粘着性」でした。強力な商品を時間をかけて練り上げ、今やAdobeのソフトウェアはクリエイティブ業界において、標準のソフトを超えてインフラを提供していると言えます。求人の応募条件に「Adobeの Photoshopを使えること」などが挙げられることも多く、スイッチングコストも高い状態です。

こうした状態をつくり上げるのがAdobeの目的で、クラウド、サブスクへと移行しても、当然ながら解約率は著しく低い状態を保てます。

しかも、売り切りのパッケージソフトでは最初に払う費用が高く、フリーランスの若い方など、なかなか使えない方もいました。サブスクになれば1回に支払う金額が少なく済むため、使う人の数が増えて売上向上に繋がりました。

この流れは、Adobeの戦略ストーリーの文脈を把握して、初めて理解できることです。

もう一例は、サブスクリプションでよく言及されるNetflixです。ビッグデータを駆使した、非常にサブスクが上手な会社です。しかし、これはあくまでも今の姿で、この会社にもここに至るまでの歴史があります。

Netflixの歴史の半分はDVDレンタル屋で、実店舗を持たず、オンラインで注文を受ける営業形態でした。かつて北米の市場を牛耳っていたのはBlockbuster(ブロックバスター)で、新作ソフトの大量仕入れと高速回転により儲けていました。一方、Netflixは大きな倉庫こそ持っているものの小さな会社で、人気の新作を大量に仕入れる体力がありません。人気の新作が貸し出し中になることが多く、顧客離れが進みました。

破綻寸前に追い詰められたNetflixの経営者は、今で言うビッグデータを活用する戦略を考えつきます。顧客の行動データを収集・解析して、趣味趣向を把握すれば、次回顧客がログインしたときに、その人が観そうな旧作を紹介できます。新旧作品の需要を平準化し、限られた在庫を効率的に回すことで、新作ソフトの大量仕入れに依存せずに済むと考えたのです。そこで、Netflixは腰を据えて顧客データを蓄積し分析し競争力を培いました。

昨今サブスクが話題になったことで、多くの企業がサブスクを始めては止めていきました。サブスクを始め、安さが注目されて毎日予約でいっぱいになり、成り立たなくなった、といった例が複数見られます。少し考えれば予想できたはずですが、この辺りが飛び道具「トラップ」と呼ぶ理由です。飛び道具トラップサブスク自体は新聞や雑誌の定期購読など、昔からあるサービスなのに、飛び道具トラップが頻繁に発動する理由は「文脈剥離」にあると考えます。

まず、皆が注目する成功事例が出てきます。多くの人は、事例における商売が全体でどう動いているのか、どのようにして儲かっているのかを考えません。注目を集めている要素、例えば「サブスク」に目を向けてしまいます。

そうなると、メディアは煽ります。これからはサブスクだ、乗り遅れるな、というように。これにより、「同時代性の罠」を生み出すステレオタイプ的なものの見方――同時代のノイズが入り込んでしまいます。

結果として、元々一企業の戦略ストーリーにおけるひとつの要素に過ぎなかったものが、その文脈から引きはがされ、あたかも万能の飛び道具であるかのような過大評価を受ける訳です。

他の企業の戦略ストーリーに基づく手法を、全く違った文脈を持つ自分たちの商売にコピーペーストで取り入れても、うまくいかないどころか、かえってパフォーマンスを下げる結果を招きかねません。これを「飛び道具トラップ」と呼んでいます。

どんな人がこのトラップにはまりやすいかというと、下手に勉強熱心で断片的な新しい情報を取り入れる人、せっかちですぐに効くものがないか探している人、目先のKPIに頭がいっぱいで商売全体には関心がない担当者などです。

ここ数年は「DX」が飛び道具トラップの代表的存在です。もちろんDXは大切ですが、目的ではありません。

目的は長期利益です。DXが重要なのは、利益を獲得する手段として使う価値があるからです。活用すると前と比べてコストが下がる、新しい顧客を見つけやすくなる、WTPが上がる、というだけの話に過ぎません。もしDXなしで十分儲かるのであれば何の問題もなく、そのままで良いでしょう。導入の可否とタイミングの判断

先程の飛び道具トラップのメカニズムを逆に考える――つまり、何事も文脈に位置づけて考えることが重要です。まず、自社の商売でどういう道筋を設けていくのかを明確にします。その上で様々な成功事例を見て、なぜその会社が全体として儲かっているのか、戦略のストーリー全体を解読します。そこで得られるのは、生成AI活用法などの特定のテクニックではなく、「要するにこういうことか」と抽象化された論理です。

商売で一番役立つのはその論理であり、そうした論理の引き出しが多い人物が優れた経営者です。目立つ飛び道具がなくても、ちょっとした違いを繋げていくだけで全く新しい儲け筋が生まれる。これが戦略の醍醐味だと考えています。

優れた戦略ストーリー

楠木:一例として、トラスコ中山をご紹介します。間接資材卸の企業で、工場や工事現場で使うありとあらゆるものづくりの資材を扱っています。顧客は、工場やBtoBのエンドユーザーではなく、そうした人々に商品を売る小売業者です。トラスコ中山は非常に投資意欲旺盛な会社で、次々に倉庫をつくり、デジタル技術も導入しています。

普通、卸業というのは、在庫回転率を良くして効率を上げるのが儲け筋のはずです。しかし、トラスコは一切在庫回転率を見ず、在庫出荷率を重視しています。在庫回転率というのは企業側の都合であり、顧客にとって何の価値もない指標だからです。それを追究するより、在庫出荷率、すなわち注文が入ったら、手持ちの在庫から即納できるものの割合を極大化することを重視した訳です。顧客の「すぐ持ってこい、今持ってこい」というニーズを満たすもので、間違いなく顧客のためになります。

また、物流に関しても自分たちでやっており、路線バスのように決まったダイヤで決まったルートを回る、という一風変わったやり方をしています。受注に関係なく、トラックがずっと同じルートを回っている訳です。これも自分たちで投資して行っています。

小売業が非常に品目の多い間接資材を取り扱う場合、メーカーから直接仕入れたら、大量の荷物が工場の倉庫に届いて、受発注がうまく回らなくなります。その点、トラスコを介すれば、端末入力するだけで決まった時間に商品が届きます。Amazonのような会社がトラスコという卸を使うのも納得できます。

つまり、トラスコの戦略ストーリーはもはや卸ではありません。間接資材分野で物流のハブをつくれば、Amazonなど最終顧客に商品を売る企業は、全部自分たちの売り子になってくれるという発想なのです。これは優れた戦略ストーリーの一例です。

生成AIなどは流行りの飛び道具です。基盤的な技術のため、経営の様々な場面に応用されていくのは間違いないでしょう。ただ、そういうときこそ、先に「他社ができないこと・やらないことをする」といった、戦略の原点をきちんと経営者が考えるべきだと思います。

まとめ

今回のテーマはIT製品を提供している弊社にとっても、身の引き締まるような思いがする講演でした。本講演が、皆様の事業運営をより良くするための一助となれば幸いです。

話し手
楠木 建
経営学者
一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授

経済産業省産業構造審議会委員、組織学会理事、日本取締役協会エマージングカンパニー委員会副委員長(現任)、全日本空輸株式会社経営諮問委員、ポーター賞運営委員(現任)、旭硝子株式会社経営諮問委員、みさき投資株式会社経営諮問委員(現任)、りそな銀行資産運用アドバイザリーコミッティ委員、スカイマーク株式会社取締役(現任)、NTT データアドバイザリーボードメンバー(現任)などを歴任。株式会社ファーストリテイリングの経営人材育成に、同社の FRMIC (Fast Retailing Management and Innovation Center)の設立当初から関わっている。 "Dynamic Network and Bureaucracy"で MIT-Japan Science and Technology Conference の最優秀論文賞(1993)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』でビジネス書大賞(2011)を受賞。 「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。日本経済新聞電子版のコメンテーター(Think!エキスパート)を務めている。