
崔真淑氏が解説!経済最新動向から考える「生産性を高める組織変革」
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「AIツールを全社に配ったものの、現場での活用が広がらない」「デフレ期の慣習から抜け出せず、人手不足やコスト高に翻弄されている」——急速な経済変化やテクノロジーの進化に直面する企業において、こうした悩みが絶えません。
しかし本来、最新のテクノロジーや管理の仕組みは、現場に眠る知恵を引き出し、組織全体のPDCAと生産性向上を推し進めるための強力な推進力となるはずです。
本記事では、エコノミストの崔真淑氏が登壇したセミナーの模様を凝縮してお届けします。日本経済の前提が変わるなか、自社で生産性を引き上げるためのプロセスイノベーションと、現場の知恵やAIを活用して生産性を高めるポイントを紐解きます。
目次
外からのAI特需に頼らず自社で生産性を高めるべき理由
エコノミスト 崔真淑氏(以下、崔):私がビジネスパーソンとしてキャリアをスタートした時代は、まさに長引くデフレの渦中にありました。当時は安価な労働力を確保し、コストを極限まで絞り込むことが正義とされていましたが、現在の経済環境は当時と180度異なる方向に動いています。インターネット上でも「デフレ脳からの脱却」が叫ばれていますが、私自身も当時の思考パターンを必死に変えなければと強く実感しています。
現在、日本の経済において具体的に変わってきたのが「人」「賃金」「物価」「金利」「為替」という5つの前提条件です。

まずは「人(労働力)」です。リーマンショック期などのデフレ下とは異なり、とにかく「人が採用できない」ことが当たり前の深刻な状況が続いています。日本の完全失業率は2.5%と世界的にも極めて低い水準にあり、働く意欲のある人をこれ以上労働市場に引き込むことは限界を迎えているとOECD(経済協力開発機構)も指摘しています。
次に「賃金」です。かつては上がらないのが当然でしたが、現在は引き上げ続けないと人が集まりません。2026年の春闘では、連合の最終集計で平均賃上げ率が5.01%となり、3年連続で5%台となりました。中小組合でも4.69%となるなど、賃上げの動きは広がっています。
3つ目は「物価」です。「日本の物価は一生上がらない」と言われた時代は終わり、生鮮食品を除く消費者物価指数も前年比で上昇が続いています。歴史的に見てもデフレは非常に稀な現象であり、物価が持続的に上昇し得る経済環境へと変わっています。
4つ目は「金利」です。「国債の利払いが増えるから日銀は絶対に利上げできない」という見方は崩れ、政策金利は1.0%まで引き上げられました。市場の一部では今後の追加利上げを見込む見方もあり、住宅ローンを含め、金利がさらに上昇する可能性を織り込んだ資金計画が必要な局面に入っています。最後が「為替」です。1ドル=159円前後で推移する中、実質的な購買力を示す「実質実効為替レート」で見ると、現在の日本円は戦後の高度経済成長期よりも弱くなっています。為替の激しい振れ幅(ボラティリティ)は企業の設備投資意欲を削ぐため、変動することを前提とした経営環境を整える必要があります。
これからの時代、従来の「安価な労働力でコストを削る」経営は立ち行かず、「社員1人あたりの付加価値(生産性)をいかに高めるか」が企業の生存戦略になります。
世界的な「AIブーム」は日本経済の救世主になるか
崔:こうした激変のなか、「世界的なAI関連産業の特需が日本の株価やGDPを引き上げてくれるのではないか」という期待の声をよく耳にします。しかし、投資銀行で債券トレーダーを務めていた立場から客観的なデータを見ると、その構造的な限界が浮き彫りになります。
2026年上期、韓国や台湾ではAI関連需要を背景に輸出が大きく伸びました。輸出全体に占める関連品目の割合を見ると、台湾では「情報通信製品+電子部品」が78.7%、韓国では「半導体」が38.7%、日本では「半導体等電子部品」が6.8%です。なお、各国で統計上の品目区分が異なるため、比率の単純比較には注意が必要です。それでも、日本は韓国や台湾に比べ、AI関連需要の拡大が輸出全体を直接押し上げにくい構造にあることが分かります。
日本が強みを持つのは、最先端のAIチップそのものではなく、東京エレクトロンやアドバンテストに代表される「半導体製造装置」や「シリコンウェハなどの素材」です。装置や素材は完成品ほど急激な特需を生みにくく、野村證券の試算でもAI関連需要が日本の実質GDPを押し上げる効果は年間0.1%〜0.2%程度にとどまります。
つまり、外からの「AI関連産業の特需」という追い風を待っているだけでは、自社の売上も利益も増えません。低成長と人手不足が続く日本において企業が生き残るためには、自社の力で生産性を向上させる体制を自ら構築するしかないのです。
現場DXとプロセスイノベーションの本質
崔:外部からの特需が期待できない環境下で、いかにして自社内の生産性を伸ばすか。ここで重要になるのが「イノベーション」の捉え方です。
イノベーションには、新しい製品やサービスで市場需要を創出する「プロダクトイノベーション」と、業務プロセスを改善して効率を高める「プロセスイノベーション」の2つがあります。プロダクトイノベーションは巨額の投資と年月を要する国家・巨大企業レベルの戦いになりつつありますが、プロセスイノベーションは現場の知恵と工夫で今すぐ取り組める領域です。
日本の都道府県別労働生産性データを1970年と2010年で比較すると、非常に興味深い構造変化が見えてきます。高度経済成長期の1970年当時、生産性上位の地域を牽引していたのは、大型工場建設や設備投資を指す「資本装備率(説明割合47.9%)」でした。
しかし2010年のデータでは、生産性の違いを説明するうえで、設備の多さだけでなく、技術や組織、業務の工夫など、資本や労働の投入だけでは説明できない生産性を捉える「TFP(全要素生産性≒プロセスイノベーション)」の重要性が大きくなっています。
こうした変化は、設備という「箱」を増やすだけでなく、業務の「やり方」を変えるプロセスイノベーションが重要になっていることを示唆しています。
設備という「箱」を増やす投資の時代は終わりました。これからの時代は、業務の「やり方」を変え、人間の知恵やソフトの力を引き出す投資こそが、生産性向上の決定打となるのです。

得意・不得意の境目を示す 「ギザギザのフロンティア」
崔:プロセスイノベーションを推進する上で、AI活用や生成AIの導入は非常に強力な武器になります。実際にカスタマーサポートでの処理件数が15%向上したり、文章作成時間が40%削減されたりといった成果は多数報告されています。
しかし、「全社にChatGPTやAIツールを配れば勝手に生産性が上がる」と考えるのは大きな間違いです。
知識労働者を対象とした研究(Dell’Acqua et al., 2026, Organization Science)では、AIの能力範囲内にある18の実務課題で、AI利用者は非利用者より平均25.1%速く作業を終え、こなした課題数も12.2%多く、成果物の質も向上しました。一方、AIの能力範囲外に設定された複雑な経営課題では、AI利用者は正解を出す可能性が19%低くなりました。AIの能力領域は平坦ではなく、「ギザギザのフロンティア」を描いているのです。
これは「得意な定型業務では効果が出る一方で、人間の判断が必要な業務で使うとかえって精度が落ちる」というように、AIの有効な境目が波打っている状態を意味します。ここを理解せずに現場が「AI任せ」にすると、業務の暴走や誤った意思決定を招くリスクがあります。
能力範囲の外側でAIに頼り切ると、判断の質が落ちる可能性があります。また、「AI利用率」そのものをKPIにすると、AIを使うことが目的化し、本来の生産性向上につながらないおそれもあります。ツールを配って満足するのではなく、「どの工程をAIに任せ、どこに人間の判断を残すか」という業務プロセスの再設計が不可欠です。
ツールを配って満足するのではなく、「どの工程をAIに任せ、どこに人間の判断を残すか」という業務プロセスの再設計が不可欠です。
現場の知恵を引き出す組織づくりと管理職の変革
崔:ある電設資材メーカーで、人間の知恵(ソフトの力)を引き出し、プロセスイノベーションを組織に定着させている優れた実例があります。
同社には1980年から続く「アイデア買い取り制度」があり、「給料と人事のこと以外であれば、どんな些細な提案でも1件500円で買い取る」という仕組みを運用しています。紙1枚の改善案であっても買い取ることで、年間約5,000件もの提案が集まり、同社は多数の特許や意匠を保有しており、著名な大企業を上回る年もあると聞きます。
この「500円インセンティブ」の本質は、金額の大きさではなく「提案に対する心理的・事務的ハードルを極限まで下げること」にあります。少額であっても具体的なインセンティブがあることで参加者の裾野が広がり、業務の無駄を見つける「常に考える」文化が日常行動として定着するのです。
AI活用を進める際も、「AIを使って業務をどう改善できるか」という些細な現場のアイデアを500円で買い取るような仕組みを設けることで、ツール導入のボトルネックや改善の種が次々と表面化してきます。
管理職の役割変化:監視者から「伴走者」へ
崔:現場からの改善アイデアを殺さず組織の力に変えるためには、管理職の意識改革が欠かせません。
最新の研究(Schnier, Raasch & Schweisfurth:2026, Management Science / 従業員9万人超の製造企業のアイデア管理システムを分析)によれば、部下や他人の改善アイデアを評価した当日に、評価者自身も新しいアイデアを出す確率が205%も跳ね上がることが分かっています。評価する側に回ることで他部署の課題や視点が可視化され、自らの知恵も引き出されるのです。
従来の管理職の役割は「部下が正しく仕事をしているか監視・管理すること」でした。しかし、ポストコロナ・AI時代の管理職に求められるのは、「仕事の仕組みそのものを部下と一緒に改良し続ける伴走者」としての役割です。
「部下から何人の改善者を生み出したか」「AIを使って業務改善を起こせる人材を何人育てられたか」を評価軸に取り入れることが、これからの不確実な時代を勝ち抜く組織力の向上に繋がります。
まとめ
日本経済が低成長・人手不足が続く中、企業が生き残るには「自社での生産性向上」が不可欠です。AI導入はあくまで強力な手段に過ぎず、それをどう活用し、業務プロセスを再設計するかという「人間の知恵」こそが成否を分けます。現場の改善案を拾い上げる仕組みを整え、管理職が伴走者としてプロセスイノベーションを定着させること。その人的資源の潜在力を引き出す組織運営こそが、これからの時代を勝ち抜く本質です。
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