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東南アジア進出のリアル 法務と現場で見えたスタートアップの実践知

東南アジア進出のリアル 法務と現場で見えたスタートアップの実践知

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日本のスタートアップにとって、東南アジアへの進出が現実的かつ戦略的な選択肢となりつつある。その背景には、国内市場の成長余地の限界、米国市場の環境変化、さらに日本の上場環境における構造的な変化といった複合的な要因がある。

本稿では、主要5ヵ国の市場特徴と外資規制に加え、法人設立・運営コストや法務・労務対応の留意点を整理し、さらに失敗事例とそこから導かれる教訓を体系的に示す。

スタートアップ市場の変化

日本市場は周知のとおり、高齢化と人口減少という構造的課題を抱えており、多くの分野で中長期的な成長余地は限定的である。一方、スタートアップ市場は金融緩和の追い風を受けて拡大を続け、2022年には年間の資金調達総額が9,800億円を超えた。約1兆円規模の資金が業界に流入したわけだが、その中心となったのはSaaS(Software as a Service)領域であった。

しかし、この潮流は2022年を境に急速に修正を迫られる。転機は米国にあった。2021年のテックブームを頂点にSaaS企業のバリュエーションは急落し、株式市場におけるIPO件数も激減。2022年には米国のIPO件数が前年比で約80%減少、資金調達額も過去30年で最低水準にまで落ち込んだと報じられている。このSaaSバブルの崩壊とIPO市場の冷え込みは日本市場にも波及し、国内でもSaaS企業を中心に評価額が下落、IPO環境が悪化した。

加えて、日本の制度改革もスタートアップに戦略の見直しを迫る重要な契機となった。2025年4月、東京証券取引所はグロース市場の上場維持基準を改定し、「上場後5年で時価総額100億円以上」を新たに要件化する方針を発表。従来の「上場後10年で40億円以上」と比べ大幅な引き上げであり、現行のグロース上場企業の約7割がこの新基準を満たしていないとされる。

この変更は、いわゆる「小さなIPO」に歯止めをかけ、日本のスタートアップに対して急速な企業価値の拡大を求めるものである。結果として、国内市場だけでは成長余地が限られる企業にとって、海外市場の開拓は「成長の選択肢」から「生存戦略」へと意味合いを変えた。投資家の間でも「当初から海外市場を視野に入れるスタートアップにこそ投資すべきだ」との認識が広がっている。

こうした流れを受け、多くのスタートアップが東南アジアをはじめとする海外市場への展開を本格的に検討し始めている。特に東南アジアは、人口ボーナス、デジタル化の加速、親日感情の高さ、英語人材の存在といった複数の利点を備えており、日本のスタートアップにとって現実的な進出先として注目度を増している。

スタートアップから見た東南アジア

もっとも、東南アジア市場はスタートアップにとって「第一の選択肢」というよりも、むしろ「現実的な落としどころ」として選ばれる場合が少なくない。その背景には、米国・欧州・中国と比較した際に際立つ、東南アジア市場ならではの「ちょうど良さ」がある。

米国市場はすでに巨大競合がひしめき合い、広告費や営業人件費といった顧客獲得コストが高騰している。欧州市場は一見すると統一的に見えるが、実際には国ごとに言語・文化・法規制が異なり、ローカライズ対応の負担が大きい上に、競合も強力である。中国市場は成長性こそ高いが、保護主義的な規制が顕著で参入には許認可が必要となる。外国企業によるウェブ公開が制限されるケースすらあり、事業環境としては厳しいものがある。さらに規制の方針が突然変更されるリスクも大きく、法的安定性に欠ける点も大きな懸念材料である。

このような米欧中の状況と対比すると、東南アジア市場には図表1の特徴がある。

図表1 東南アジア市場の特徴

図表1のように、「米国は競争が過酷すぎる」「欧州は制度対応が複雑すぎる」「中国は規制が厳格すぎる」といった環境に対し、東南アジアは日本のスタートアップにとって戦略的かつ実行可能性の高い選択肢として注目を集めているのである。

主要5ヵ国の特徴と外資規制

東南アジアと一口に言っても、国ごとに市場環境やビジネス展開上のメリット・デメリットは大きく異なる。また、多くの国では自国産業保護を目的とした外資規制が敷かれており、進出の適否はそれらの規制によって左右される。本章では、進出検討の多いタイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシアの5ヵ国について、市場の特徴と外資規制を整理する。

タイ:日系ネットワークと安定基盤が進出を後押し

◆ 市場の特徴
タイには製造業を中心に日系企業が5,000社以上進出しており、日系企業同士の強固なネットワークが形成されている点が最大の特徴である。現地に進出するスタートアップがタイ市場を選ぶ動機として、「日本企業との連携によるネットワーク構築が容易であること」と語るほど、日本企業のプレゼンスは高い。また、経済基盤やインフラの安定度も相対的に高く、長期投資先としての信頼性を備えている。

◆ 外資規制の特徴
外国人事業法により、小売業・サービス業など多くの分野で外資出資比率は50%未満に制限される。進出初期に直面する最大の論点がこの外資規制対応である。回避手段としては、①タイ資本との合弁会社を設立し、過半数を現地側に持たせる方式、②タイ投資委員会(BOI)の投資奨励認可を取得する方式がある。前者は実質参入が可能となる一方で、出資比率に応じた権限調整やExit時の利害調整が課題となる。後者は外資100%での法人設立や税制優遇が可能だが、事業内容が限定され、柔軟な事業転換が難しくなる点に注意が必要である。

ベトナム:IT振興策を背景に安定的な成長を続ける市場

◆ 市場の特徴
人口約1億人、平均年齢30歳前後という若年人口構成を背景に、高い経済成長率と消費拡大余地を持つ。スタートアップからは「次に注力すべき市場」として位置づけられることが多い。政府もIT産業振興や起業支援に積極的で、日本企業はソフトウェア開発やオフショア拠点を通じて進出を広げている。

◆ 外資規制の特徴
WTO加盟以降、外資規制は段階的に緩和され、多くの業種で外資100%の現地法人設立が可能となっている。製造業やITサービス、一般的な商取引分野では外資単独参入が可能である一方、金融・物流・メディアなど一部業種では比率制限が残る。共通するのは投資登録証(IRC)および企業登録証(ERC)の取得が必須である点であり、手続きには一定の時間を要するため、進出準備は余裕を持って行う必要がある。

フィリピン:英語人材の供給力で発展するBPO産業

◆ 市場の特徴
人口1億人超の英語圏市場で、英語人材の豊富さを背景にBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)産業が発展している。日本のスタートアップでも現地エンジニアがプロダクト開発やテクニカルサポートを担う事例があり、カスタマーサポートやバックオフィス業務の拠点としても適している。今後も人材供給力を活かした成長余地が期待される。

◆ 外資規制の特徴
ネガティブリストに掲載された業種(マスメディア、小規模小売、不動産など)では外資比率が40%以下に制限されるが、ITサービスや製造業などは、リストに該当しない限り、外資100%の現地法人設立が可能である。ただし、外資100%で内需向け事業を行う場合、最低20万米ドル(約3,000万円)の払込資本金が必要となる。この資本要件は中小スタートアップには大きな負担であり、輸出比率を高める形態や外資比率を40%以下に抑えることで回避する例もある。また、会社法上、フィリピン居住者によるコーポレート・セクレタリー(会社秘書役)やフィリピン国籍保有者によるトレジャラー(財務責任者)の設置義務があり、ガバナンス要件にも留意する必要がある。

マレーシア:シンガポール近接の立地でリージョナルHQの選択肢に

◆ 市場の特徴
人口約3,500万人と中規模ながら、一人当たりGDPは1万ドルを超え、中間層が拡大している。英語が広く通じ、ITインフラも整備されているため、デジタルサービスの受容性が高い。シンガポールに近接する立地を活かし、ASEAN全域を統括するリージョナルHQ拠点としての活用も進んでいる。市場単独では急成長を期待しにくいが、ASEAN全体戦略の一部としては有力な拠点となる。

◆ 外資規制の特徴
2009年以降、多くの業種で外資100%の法人設立が可能となり、日本企業にとって現地パートナーなしで事業を開始できることは大きな利点である。ただし、消費者向けに商品やサービスを提供する場合、WRTライセンス(Wholesale and Retail Trade License)の取得が事実上必須である。取得には最低資本金100万リンギ(約3,300万円)の払込や現地役員の登用が条件となる場合もあり、事業計画段階からこれらの条件を織り込んでおく必要がある。

インドネシア:東南アジア最大人口とデジタル化がもたらす巨大商機

◆ 市場の特徴
人口約2.7億人を有し、東南アジア最大の市場規模を持つ。平均年齢も若く、都市部・農村部を問わずデジタル化が進展している。GoToグループ(Gojek & Tokopedia)のような大型スタートアップも生まれ、大量ユーザーを獲得する戦略やシンプルな機能提供による低コストサービス展開に適した環境が整っている。

◆ 外資規制の特徴
2021年の法改正を経て、原則自由としつつ、一部の制限付き業種については優先分野や条件付きとしてリストに明記される仕組みが採用されている。通信・メディア・流通などでは外資比率の制限が残るものの、分野によっては外資100%での参入も可能である。ただし、外資企業(PMA)の設立には最低100億ルピア(約1億円)の投資計画が求められ、スタートアップが単独で進出するのは容易ではない。そのため、進出初期から現地企業との提携を前提とするケースも多い。また、業種ごとに必要な営業ライセンスはOSS(オンライン単一窓口)を通じて取得する必要があるが、頻発する制度改正や運用の煩雑さが実務上の障壁となっている。

東南アジア進出の具体像(タイ進出を事例として)

東南アジアでビジネスを開始する際、多くの場合は現地に子会社(現地法人)を設立することになる。ただし、設立プロセスや設立後の運営コストは日本と異なる点が多い。すべての国の進出プロセスを詳述することは困難であるため、本章ではタイを事例に主な実務上の留意点を整理する。

 現地法人設立の基本手続

図表2 タイにおける法人設立と事業開始のプロセス

タイで法人を設立する場合、図表2のようなプロセスを経ることになる。設立手続き自体は数週間で完了するものの、必要書類の準備や現地当局とのやり取りには相応の時間と労力を要する。主要な準備は日本から遠隔で進めることが多いが、オフィス選定や署名手続きなど現地での対応が推奨される事項もある。そのため、法人設立までに複数回の出張を織り込んだスケジュールを組むことで、より円滑な手続きが可能となる。

また、前章で触れたBOIの投資奨励制度を利用する場合には、審査に半年程度を要する点にも留意しておきたい。

VISA・就労許可の取得

日本人スタッフを駐在させる場合、就労ビザおよび労働許可証(ワークパーミット)の取得が必須である。タイでは外国人1名に対してタイ人4名の雇用が必要とされ、さらに駐在員給与は月額5万バーツ(約22万円)以上であることが条件となる。このように、VISA・就労許可要件は会社の組織体制に直結するため、進出初期の段階からビザ取得条件を踏まえた人員計画と資本計画を策定することが望ましい。

なお、タイを含む一部の国ではビザ申請・更新過程において不透明な金銭要求が報告されており、現地事業者に手続きを委託する場合でも、常に法令に基づいた運用を徹底することが求められる。

専門家費用

現地法人を維持するにあたっては、会計・税務・社会保険など、法令に基づく手続にかかるコストも軽視できない。毎月の付加価値税(VAT)申告、従業員社会保険料の納付、年次決算書の作成・監査対応、人事労務関連手続など、すべてが現地語で進められる。多くの日系企業は現地の会計事務所やコンサルティング会社にアウトソースしており、その費用は月額数万円から十数万円に及ぶ。こうしたコストを含め、資金繰り全体を総合的にシミュレーションし、想定する事業規模や期間に応じた運営計画を立てることが重要である。

ランニングコスト

筆者の経験上、東南アジア展開に際して「想定以上に固定費がかかる」という声は多い。例えば、タイ・バンコクで小規模オフィスと数名のスタッフによる法人を運営する場合、月次コストの目安は以下のとおりである。

タイ・バンコクでのコスト例

このように、タイでの法人維持費は年間1,600万円程度に達する。日本と比べれば割安に映るかもしれないが、スタートアップにとっては無視できない負担である。特にタイは制度上、ローカル従業員の雇用義務が課せられているため、相対的に高コストになりやすい。

一方でベトナムやフィリピンでは、より低コストで運営できる場合もある。例えばベトナムでは、タイよりもローカルスタッフの雇用負担が軽く、必要最小限の人員構成から事業を始められるのが特徴だ。ベトナムでのコスト例は以下のとおりである。

ベトナムでのコスト例

これらはあくまで一例であるが、現地で執務する身からすれば十分に現実感のある数字である。進出計画の立案にあたり、参考にしていただきたい。

展開戦略の見極め

東南アジアでの事業展開は、多くの場合、一国にとどまらず多国展開を前提とする。ASEAN諸国の個別市場は、米国や中国のように単独で圧倒的な規模を持つわけではない。むしろ東南アジア全体をひとつのエコシステムとして捉えて初めて、スケーラブルな展開が成立するケースが多い。そのため、インドネシア・ベトナム・フィリピン・タイ・マレーシアといった複数国への同時あるいは段階的な進出を視野に入れる必要がある。

ここで問題となるのが、「各国すべてに現地法人を設立すべきか」という点である。法人の設立と維持には相応のコストと手間がかかる。設立時の法務・会計上のハードルに加え、ランニングコスト(具体的な金額は前章参照)も積み重なるため、資金制約のあるスタートアップが安易に複数法人を同時に立ち上げるのは大きなリスクとなる。

したがって、展開国ごとに「現地法人を設けて自ら展開する国」と「現地パートナー(販売代理店や業務提携先)を通じて間接展開する国」とを峻別し、コスト効率の良い進出モデルを構築することが求められる。その選択にあたっては、図表3の観点を総合的に検討すべきである。

図表3 現地法人設立を判断する6つの評価基準

シンガポールにリージョナルHQ(地域統括会社)を置くべきか否か

この文脈でよく登場するのが「シンガポールにリージョナルHQ(地域統括会社)を置くべきか否か」という問いである。シンガポールは高度に整備された物理インフラ、法制度、金融制度を有し、アジアにおけるビジネスのハブとして世界的に評価が高い。また法人税率が低く、キャピタルゲイン課税もないことから、節税メリットを重視する大企業グループにとっては大きな魅力がある。

しかし、スタートアップが「とりあえずシンガポールに拠点を置く」ことには慎重であるべきだろう。第一に、多くの日本のスタートアップは日本法人をExitの母体としており、資金調達やIPOを国内で予定している場合、シンガポール法人の存在が必ずしもExitにおける直接的な優位性をもたらすわけではない。第二に、スタートアップの多くは収益モデルや利益体質が確立していない段階にあり、そもそもシンガポールの節税メリットを享受できるほどの課税所得を有していないケースが多い。

さらに、シンガポール法人の設立・維持にも一定の固定コストが発生する。取締役の居住要件、会計・監査・年次報告義務、ライセンス取得・更新手続きなどを考慮すると、むしろ非合理な場合もある。現実的には、物価や人件費が低くオペレーションを行いやすい国(例:ベトナム・フィリピン・マレーシアなど)に本社機能の一部を集約する選択や、まずはタイやベトナムに法人を構え、他国は販売提携で展開し、市場規模や顧客数の拡大に応じて法人設立を検討する段階的モデルの方が合理的な場合も少なくない。

現地法令との向き合い方

将来のExitを想定する場合、東南アジアに進出するスタートアップにとって現地法令の遵守は極めて重要な課題となる。ただし、「法令を遵守すること」を目的化すべきではない。むしろ事業の持続的成長を前提に、リスクを適切に評価し、取捨選択しながら現地制度と向き合う姿勢が求められる。実際、多くの東南アジア諸国では法令とその運用実態の間に乖離があり、「法律に書かれていること」と「当局が実際に要求してくること」が一致しない場面は珍しくない。

このような状況下では、明確なガイドラインや正解が存在しない中で判断を下さなければならない局面が数多くある。そのため重要なのは、「治癒可能なリスク」と「治癒不能なリスク」を峻別し、後者を回避する形で意思決定を積み重ねることである。特にExit時や当局の介入時に致命傷となり得るリスクは、あらかじめ除去しておく必要がある。現地進出に際して留意すべき法令は多いが、筆者の経験上、とりわけ理解しておくべき主要領域を以下に挙げる。

 会社法(特に株式に関するルール)

株主構成、株券の発行、株主名簿の管理、株式譲渡制限といった株式管理の制度設計は、Exitを見据えた際に最も優先度が高い。現地の登記情報と実態に齟齬があれば、M&AやIPOといったExitプロセスに重大な支障を来す可能性がある。株主間契約、譲渡記録、登記変更などを適切に実施することで、不可逆的なリスクを未然に防ぐことができる。

許認可(ライセンス)に関する法令

ビジネスを行う上で必要なライセンスを取得していない、あるいは取得済みライセンスの範囲を逸脱して事業を行っているケースは少なくない。日本であれば当然留意できる範囲でも、東南アジアでは把握が難しいことがあるためだ。許認可に関する違反は、営業停止や罰金、ライセンス取消といった重大な行政リスクを招きうる。またライセンスの「更新忘れ」も頻出する問題であり、定期的な点検体制を設けることが不可欠である。

 労働法令

労働法令は、仮に違反があっても事後対応が可能な分野ではある。例えば、解雇補償の支払い、就業規則の整備、残業代の支給漏れなどは、是正措置によってリスク低減が可能だ。それでも筆者がこの分野への理解を重視するのは、労務管理が現地オペレーションにおいて最も工数を要し、事業スピードに直結するためである。適切な労働契約の締結、職務記述の明確化、労働時間の把握といった基本動作を現地法に沿って実施することが、現場運営の円滑さを担保する上で不可欠となる。

 その他:不透明な規制との付き合い方

制度が成熟しておらず規制内容が曖昧、あるいは実務上ほとんど適用されていない領域も存在する。こうした場合には、「現地実務として何が求められているのか」「当局の運用実態はどうか」といった情報を収集・分析しつつ、リスク評価に基づく合理的対応を設計せざるを得ない。リーガルリスクの回避そのものよりも、「リスクに対する説明可能性を確保すること」が実務上は重要な視点となるだろう。

東南アジア進出における事例と教訓

最後に、東南アジアへ進出したスタートアップにおいて頻出する失敗パターンと、そこから得られる教訓を整理する。実際のトラブル事例を通じ、進出計画立案の参考としていただきたい。

事例1:投資契約後の計画変更による投資家との齟齬

◆ 内容
東南アジアでの事業維持に想定以上の資金を要し、追加調達が必要となった。既存投資家に追加出資を打診したが、「これ以上の資金を海外事業に投じることは想定していない」と難色を示され、調整に長期間を要した。撤退にもコストがかかるため進退が困難となり、大きな機会損失を被った。

◆ 教訓
海外展開は予想通りに進まない。初期段階から余裕資金を確保し、追加資金が必要となった場合に備えて投資家との認識を事前にすり合わせておくべきである。さらに、撤退時のコストも想定し、最悪の場合の損失シナリオをシミュレーションしておくことが望ましい

事例2:外資規制対応による現地株主との軋轢

◆ 内容
外資規制に対応するため、現地投資家に持分を付与して会社を設立した。しかしその株主は成長投資への理解が乏しく、早期の配当を強く求めたため、利益を成長投資に再投入したい日本側と対立が発生。株式買い戻しを試みたが条件が折り合わず、軋轢を生んだ。

◆ 教訓
現地出資者の選定は慎重に行い、経営に関与する範囲を株主間契約などで明文化すべきである。東南アジアでは、キャピタルゲインを前提とした長期的な事業成長を重視しない投資家もいる。株主を迎える場合には、投資スタンス(成長志向か収益志向か)を見極め、Call Option条項などで統制を確保することが望ましい。

事例3:労務対応の不備による事業停滞と不信感

◆ 内容
現地の労働法制や雇用慣行を十分に理解しないまま日本式の評価・管理制度を導入した結果、従業員の定着率が低下。採用・育成コストが増大し、頻繁な人材入れ替えにより業務継続性やサービス品質にも悪影響が出た。さらに経営陣と現地従業員の間に信頼関係が築かれないまま運営されたことで、横領や情報流出などの不正も常態化した。

◆ 教訓
本事例は東南アジア展開で最も頻出するトラブルの一つである。現地の労働法や文化・慣習を理解し、従業員が納得できる人事制度やコミュニケーション体制を構築することが不可欠である。

事例4:子会社株式の名義管理ミス

◆ 内容
現地子会社の設立手続きを代行業者に委託した際、一時的に業者関係者の名義で株式が発行されたが、正式譲渡の手続きを失念。そのため日本側が株主権を行使できず、M&A交渉でも名義不整合を指摘され、譲渡プロセスをやり直す事態となった。

◆ 教訓
株主名簿、株券、登記情報の定期点検と管理体制の整備が重要である。設立時だけでなく、増資や役員変更の都度、登記情報が正しく反映されているかを確認し、重要原本は本社で厳重に保管する体制を構築すべきである。

事例5:許認可の範囲逸脱および更新漏れ

◆ 内容
当初取得した事業許可証では「職業紹介業」に限定されていたが、その後、隣接事業に拡大したため当初の許可範囲を逸脱。違法営業とみなされる可能性が生じ、当局の介入や投資家からの信頼低下を招いた。別の事例ではライセンス更新を失念し、再取得に膨大な時間とコストがかかり、事業縮小を余儀なくされた。

◆ 教訓
許認可は取得後の管理が重要である。範囲を逸脱せず更新期限を守ることが基本であり、新サービス開始時には専門家の助言を得て必要な許認可を取得し、ライセンスの期限管理についても体制を整える必要がある。

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執筆者
藤江 大輔
GVA国際法律事務所
代表弁護士

2012年にGVA法律事務所に入所。2016年に同事務所のパートナーに就任し、同年にGVA Law Office(Thailand)を設立して現地法人代表に就任。2021年には日本国内の第二拠点として大阪にGVA国際法律事務所を設立し、代表を務める。東南アジア企業のExit(バイアウト)案件に数多く携わり、現地法と日本法の双方の視点から企業に助言を行っている。

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GVA国際法律事務所

GVA国際法律事務所は、GVA Professional Groupの一員として、スタートアップをはじめ国際ビジネスに挑む企業を法務面から支援している。東南アジア、特にタイやフィリピンに現地拠点を構え、日本人弁護士と現地弁護士が連携し、クロスボーダーM&A、現地法令リサーチ、国際紛争対応、英文契約書作成など、多岐にわたる国際法務サービスを提供している。