
暗黙知を形式知化する7ステップ!AI時代に強い組織の作り方
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優秀な社員の頭の中にある思考や判断の基準を、どうすれば組織全体の資産として共有できるのか――。人材の流動化やAIの普及が進む現代において、属人化した暗黙知をいかに引き出し、組織の競争力に変えていくかは多くの企業にとって急務となっています。
前編では、一般社団法人ナレッジマネジメント・ラボの田原祐子氏に、人材育成において、知識ではなくプロセスを教えることの重要性と、現場に同行して分析・観察した結果から見出した標準化の価値、標準=型をベースにして実践することそのものが、人材や組織の成長に繋がることについて伺いました。
後編では、田原氏が提唱する暗黙知の形式知化メソッド「フレーム&ワークモジュール® 」の具体的なステップと、AI時代に日本企業が取るべきナレッジマネジメントの実践方法について深掘りします。
目次
完璧を求めないモジュール化はスモールスタートが成功の秘訣
――田原さんが開発された「フレーム&ワークモジュール®」は7つのステップ(0〜7)で構成されていますが、最初の「ステップ0(見える化)」と「ステップ1(モジュール化)」の違いについて教えてください。
一般社団法人ナレッジマネジメント・ラボ 代表理事 田原祐子氏(以下、田原):もともとこのメソッドは4つのステップから始まり、アップデートを重ねて今の形になりました。あえて「ステップ0」を追加したのは、多くの企業が「自社の業務は見える化できている」と認識しているにもかかわらず、実際には全く現状把握ができていないケースが圧倒的に多いからです。
ステップ0では、まずは皆さんの業務を洗い出して現状を把握します。この時、業務の粒度を最初から完璧に揃えようとしないことが重要です。粒度を揃えることにエネルギーを使いすぎて疲弊してしまい、一向にプロジェクトが進まない企業が非常に多いためです。
まずは全体を俯瞰し、ステップ1の「モジュール化」で、特にノウハウが詰まっている重要な業務を特定して、そこからスモールスタートで細分化し、暗黙知を抽出していくのが成功の秘訣です。
――たしかに、すべてを細かくマニュアル化しようとすると挫折してしまいますよね。
田原:例えば電話応対の業務でも、「受話器を取る」という動作自体は誰でもできます。重要なのは、かかってきた電話の要件をどう正確に把握し、どう捌くかという部分です。そこにノウハウがあるのなら、声のトーンや挨拶の仕方といった表面的な研修に時間を割くだけではなく、最もつまずきやすい要件対処のプロセスから、暗黙知を抽出し、ノウハウを含めたプロセスを標準化していくべきです。
ドラッカーの鍛冶屋に学ぶ「行動の裏にある思考プロセス」
――「ステップ3(KWリスト化)」を作成する際のポイントは何でしょうか?
田原:KW(Knowledge & Wisdom)リストには、手順などの行動だけでなく、思考プロセスを入れることが最大のポイントです。ハイパフォーマーが何を考えてその行動をとっているのか、どんな判断基準を持っているのかを可視化するのです。
私はよく、P.F.ドラッカーの『変貌する産業社会』に出てくる鍛冶屋のエピソードを事例としてお話しします。
アメリカの観光客を乗せた大型車が故障し、自動車メーカーの人間もお手上げだったところ、隣町から来た鍛冶屋がボンネットを開け、ハンマーで軽く2回叩いただけでエンジンが直ってしまった。
鍛冶屋は修理代として100ドルを要求し、「ハンマーで叩いた費用:10セント、どこを叩いたらよいかを見つけた費用:99ドル90セント」と説明したという話です。
――まさに「どこを叩くかを見極める力」が暗黙知なのですね。
田原:はい。ボンネットを開けて叩くという作業は誰でもできます。しかし、熟練者は「どこを見て、どの程度の力で、何回叩くか」という深い判断のプロセスを持っています。これが「仕事(ナレッジワーク)」です。
表面的には同じ業務をしているように見えても、ハイパフォーマーとローパフォーマーでは、この思考と判断のプロセスが決定的に違います。KWリストは、この見えない暗黙知を抽出するためのフレームワークなのです。
若手とベテランが共創するナレッジミーティング
――「ステップ5(ナレッジミーティング)」は、どのようなメンバーで行うのが効果的でしょうか? また、週に1回、30分程度でも定期的に集まることが大事なのでしょうか。
田原:時間や頻度は無理のない範囲で構いません。参加するメンバーも、どんな階層の人が集まっても大丈夫です。新人がファシリテーターを務めることも可能です。なぜなら、すでにステップ1〜4で標準が作られ、可視化・共有化されているからです。
標準があるからこそ、「ステップ1はうまくいった」「ステップ2でつまずいた」と、共通の土台をもとに、経験が浅い者も経験豊富な者も一体となって議論ができます。議論すればするほど、全員が現場で直面したケースやノウハウが出ます。そして、「もっと成果を出すには、どうすればよいか」という前向きな意識が全員に芽生えて浸透し、素晴らしい成長の循環が起こるのです。これが可能になるのは、ひとえに、標準=型があるからに他なりません。標準がなければ、失敗しても「あの人は特別だから」「お客さんが悪かったから」と言い訳や属人的な逃げ道を作ってしまいますが、標準があれば失敗は「改善のための学習」に変わっていきます。
――単なる業務の報告会議とは、違う雰囲気になりそうですね。
田原:全く違います。通常の会議では、自分の報告が終わったら他の人の話を聞かないことが多いですよね。しかしナレッジミーティングでは、標準化されたプロセスが共通言語になるため、他人の成功も失敗もすべて自分事として吸収でき、自然と前向きな意見が全員から出てくるという積極的な雰囲気が生まれるのです。
例えば、若手社員が「自分はこんな工夫をして成功しました」と、ベテランもやったことがないような新しいアプローチを発表することもあります。そうすると、前編でお話しした「ノウハウを出し渋っていたベテラン」たちもが刺激を受け、「若い者には負けられない!」とばかり、隠していた凄いノウハウをどんどん出してくれるようになるんです。
――なるほど(笑)。べテランも若手も、組織全体が活性化するわけですね。
田原:はい、これがナレッジマネジメントの本来の姿であり、「知の共創」です。会議全体が、単なる報告だけではなく本当に活気と実りある楽しい場になりますよ。ある企業では、入社したばかりの若手が、常識にとらわれずに相手先の社長に直接電話をかけてアポイントを取ってしまい、周りのベテランたちが「えー! それってあり?」と驚いたこともありました。こうした現場の様々な事例やケースがベテランにも新しい刺激を与え、組織が活性化し、ノウハウが組織知として蓄積されていくのです。
業務のモジュール化が、風通しの良さと柔軟なマネジメントを生む
――業務がモジュール化されることは、マネジメント層にとってもメリットがあるのでしょうか。
田原:非常に大きなメリットがあります。日本の企業はメンバーシップ型雇用が根強く、2〜3年に1回ほどの頻度で異動転勤があり、上司は全く経験のない部門に着任することが珍しくありません。
現場の業務を知らないマネージャーがやってくると、上司よりも部下の方が知識も現場経験も豊富ですから、上司は部下をマネジメントすることが困難ですし、部下も、業務を知らない上司に気を使わなくてはなりません。時には、「現場を知らないくせに」と部下から反発されることすらあります。そうすると、マネージャーのメンタルは不安定になり、最悪の場合は体調を崩してしまうようなケースも見てきました。これは、海外のジョブ型雇用ではあり得ないことです。
しかし、現場の業務が見える化・モジュール化され、可視化されていれば、経験のない上司支店長でも1カ月ほどで業務の全体像や判断のポイントを把握し、的確なマネジメントができるようになります。
――「何をやっているか」が見える化できているからこそ、指導すべきポイントが分かるのですね。
田原:その通りです。現場の階層の業務が決まっていれば、その上の階層のマネージャーはどう指導すべきか、さらにその上の経営層はどう評価するべきかという、マネジメントのフレームワークが自然と組み上がります。
さらに、マネジメントのフレームワークが標準化されているため、実績が上がらない拠点は、なぜ実績があがらないかが見えてくるのです。そのため、経営層から、現場の拠点を包括的かつ効率的にマネジメントすることが可能です。良い意味で言い訳が通用しない、上からも下からも業務が見える化されている、非常に風通しのいいモジュール型の組織になるのです。
日本の強みである「暗黙知」をAI時代の新たなグローバル競争力へ
――AIの普及など、時代が変化する中で、暗黙知の言語化は今後どのように進化していくとお考えですか?
田原:作成したKWリストは、それぞれの会社に最適化された業務プロセスをベースとした生成AIの「教師データ(AIがパターンや規則性を学ぶために使用する問題と正解がセットになったデータ)」になります。人間は一度に大量のプロセスを処理できませんが、AIとコラボレーションすることで、業務の最適化はさらに加速します。
AIは、「ヒューマン・イン・ザ・ループ」という言葉が示すように、人間の介入によって精度を高めていく必要があります。各企業独自の業務プロセスに沿った思考プロセスや判断基準をAIに学習させ、人間がフィードバックを与えながら共に進化していく。これが今後のナレッジマネジメントの潮流になるでしょう。
かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代、日本の強みは製造業の現場における「指示に正確に対応し、言われたことを言われた通りに遂行する力」でした。しかし、サービス産業中心の現代、そしてこれからのクリエイティブワークの時代においては、現場の人間が自ら考え、進化させていくため、ナレッジを共有し進化させていく「学習する組織」が必要となります。
また、日本には、細部にこだわる職人的な暗黙知がまだまだ数多く眠っています。最近では、むしろ海外の国々の方が、日本のきめ細やかな業務の品質や暗黙知を評価しており、「ジャパンクオリティ」という言葉が高品質を意味するほど、日本の暗黙知の素晴らしさが認められています。
この素晴らしい暗黙知を可視化し、組織の資産として共有・進化させることができれば、日本の企業は再び世界で有数の強い競争力を持つと確信しています。
偶発性理論から紐解くキャリアの面白さと才能を開花させる環境
――先ほど、「日本のメンバーシップ型雇用は、専門外の部署に異動することがあるから大変だ」というお話がありました。そう聞くと、「なぜ日本はこの雇用スタイルを続けるの?」と思ってしまいそうですが、さまざまな業務を経験するメリットもあるのでしょうか。
田原:ええ。さまざまな業務を経験できるからこそ、経営陣やマネジメント層に上がっていくための総合力が身につくという側面はあります。何より、「自分がやったことがないこと」に挑戦する中で、思いがけず才能が芽吹く人がいるのも面白いところです。
キャリアの理論にクランボルツの計画された「偶発性理論」というものがありますが、うまくいっている人の約8割は、まさか自分が将来こんなことをやるとは思わずに始めた仕事で成功しているんですよ。
――田原さんご自身も、現在のように暗黙知の専門家として大学院で教鞭をとるようなキャリアを歩むとは想像していなかったのですか?
田原:全く思っていませんでしたよ(笑)。私は公募で社会構想大学院大学の教授になったのですが、それも元々は、ある著名な先生から「田原さんが手掛けている、暗黙知の形式知化コンサルティングには再現性があるから、論文を書いた方がいい」と勧められて論文を書いたことがきっかけです。何篇か投稿した実践論文が、光栄なことにいくつかの賞を受章し、全能連マネジメント・アワードでは、コンサルタント・オブ・ザ・イヤー、プログラム・イノベーター・オブ・ザ・イヤーを連続受賞することができました、多くの方に読まれ、結果的に自分のノウハウが体系化され、今は大学院で教える立場になっています。
――ご自身のノウハウを形にしたことが、思いがけない形で広がり、現在に繋がっているのですね。
田原:そうなんです。まさに、「ノウハウのフレーム化」です。また、人は誰しも、自分でも気づかない潜在能力を持っているものです。私の会社のスタッフにも、もともとはパソコンを使ってデザインをするデザイナーとして入社した人がいました。しかし、彼女が作るデザインのバランスが非常に優れていたため、「もしかして数学的な思考が得意なのでは?」と思い、試しにシステム(Salesforce)のワークフローを組んでもらったんです。そうしたら、非常に優れたものを組んでくれて驚きました。
日本特有の「色々な業務を任される」という環境は、本人にとって時に苦労もありますが、プロセスを可視化・標準化して誰もが新しい業務に挑戦できる土台さえ作っておけば、中途採用や異動してきた社員の思ってもみない才能を開花させることができます。
個人の思いがけない能力の発見が、結果として組織全体の可能性を広げ、新たな競争力を生み出すというのも、ナレッジマネジメントがもたらす大きなメリットなのです。
まとめ
AIやテクノロジーが進化する現代においても、属人的な暗黙知の価値は失われるどころか、AIの教師データとしての重要性を増しています。独自の思考プロセスを可視化してAIに組み込むことで、社内に「自社のエース級の判断ができるAIアシスタント」が構築できるようになります。
まずは業務の見える化からスモールスタートし、行動の裏にある思考プロセスをKWリストとして抽出する。そして、可視化された標準をベースに組織全体で学習・進化を続ける。
「フレーム&ワークモジュール®」は、人と組織のポテンシャルを最大限に引き出し、常に最新の現場の知を共有し、変化に強い「学習し、成長し続ける組織」を構築するための強力な経営戦略と言えるでしょう。
(前編はこちらから)
取材・文:池田アユリ
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