
ベトナムM&Aの実務―買収プロセスと留意点
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近年、ベトナムへの進出戦略として買収・合併(M&A)を選ぶ日系企業が増えている。新規設立とは異なり、現地企業の顧客ネットワークやサプライチェーンを活用できるため、効率的な進出が可能である一方、留意点を見落とすと最悪の場合は投資が失敗に終わる可能性もある。本稿では、ベトナムM&Aの一般的な流れと主要な留意事項を解説する。
目次
ベトナムM&Aの一般的な流れ
日系企業がベトナムローカル企業を買収する際の一般的な流れは図表1の通りである。
基本的な流れは日本でも同様だが、ベトナム特有の手続として「財務局(DOF/旧計画投資局)へのM&A申請」「資本譲渡税(キャピタルゲイン)の申告納税」「企業登録証明書(ERC)の修正」(図表1オレンジ箇所)がある。DOFへのM&A申請は、申請書類の提出から通常1〜1.5ヵ月程度を要する。

なお、大型案件の場合はベトナム競争法に基づく経済集中に関する届け出(Merger Filing)が必要となり、また業種によっては関連当局の追加審査が求められる可能性もある。
資本譲渡税は、売り手企業の株式(もしくは出資持分)の売却損益に係る税金であり、基本的には売り手側が申告・納税者となる※1。ERC修正手続は、売り手企業の出資者情報などを変更するもので、M&A申請が完了していればスムーズに進むことが多い。
一連のM&Aプロセス(特にDD・バリュエーション・契約関係やM&A申請)を自社のみで対応するのは困難である場合が多く、ファイナンシャルアドバイザー(FA)や会計・法律専門家に一部業務を委託するのが一般的である。
※1…2025年10月1日に法人税の改正法が施行され、手続きなどの詳細を定める政令が今後公布される予定である。
ベトナムM&Aの特徴
ベトナムM&Aには以下のような特徴があり、出資意思決定に影響を与えることがある。

強気の企業価値評価
基本的に売り手側は、できるだけ高い金額で売却したいインセンティブを有しているが、ベトナムの経営者はその傾向が特に強いように見られる。企業価値評価に用いる事業計画も強気に作成されているケースがほとんどであり、その実現可能性については十分慎重に検討する必要がある。
意思決定スピードの違い
ベトナムでは、伝統的に家長や指導者がリーダーシップを取って物事を決定する考え方が根付いている。このため、M&A交渉においても売り手経営者がスピード感を持って意思決定を行うことが多い。一方で、買い手となる日本側は部内承認・稟議・取締役会決議など、多段階の社内意思決定プロセスが必要となる場合がある。このような背景から、M&A交渉における時間軸の感覚に差異が生じ、場合によっては交渉過程で両者の関係が拗れ、破談に至ることもある。
M&A交渉に臨む際は、お互いの意思決定プロセスや時間軸について事前に十分協議し、相互理解を得ておくことが重要である。
資金繰りの脆弱性
当社の経験上、ベトナムの非上場企業では資金調達の多くを銀行借入などの有利子負債に依存している。それにもかかわらず、確たる数字的根拠もないまま資金繰りを楽観視している経営者もおり、そうしたケースでは債務超過やネットキャッシュ(現預金マイナス有利子負債)がマイナスとなっているにもかかわらず、将来の返済を踏まえた資金繰り計画が作成されていない。対象会社の資金繰りについては、デューデリジェンス等を通じて十分に分析するとともに、資金繰りが良くない場合には将来の改善可能性を慎重に検討する必要がある。
なお、このように有利子負債が多い資金調達構造となっている背景には、以下のような要因があると推察される。
ベトナム経営者の国全体の経済成長への期待
ベトナムは2024年現在で6.5%程度のGDP成長が期待される高いポテンシャルを持つ国であり、自社の借入が増えても、国の経済成長を取り込んで会社を成長させ、借入金を返済できると考える経営者が多い。
コンプライアンスイシューから得た資金
二重帳簿などにより経営者個人が資金を保有しており、会社の銀行借入を個人の資金・財産で保証しているケースがある。
不動産に関する外資規制
ベトナムは共産国であり、外国企業が土地使用権を取得することはできない。実務上は、土地使用権を保有するベトナム企業を買収するスキームが取られるが、土地の所在地(省・工業団地の内/外)や用途、上物(工場・オフィスビル・住宅・商業施設等)の有無や状況によっては、関係当局によるM&A申請手続に時間を要したり、最悪の場合は申請が却下されてしまうケースもある。重要な不動産を保有するベトナム企業のM&Aを検討する際は、現地の法務専門家の関与も含め、事前に買収スキームを慎重に検討する必要がある。
コンプライアンスイシュー
ベトナムでは以下のようなコンプライアンスイシューが識別されることが多い。

二重帳簿
二重帳簿は多くの場合、会社や経営者の税負担を減らす目的で行われる。会計法により二重帳簿は禁じられており、税務調査などで発覚した場合には多額の追徴税額が科されるリスクがある。そのため、DDで可能な限り実態を把握し、買収前後のPMIで速やかに解消するための計画・対策が必要となる。
ファシリテーション・ペイメント
円滑なビジネス遂行のため、当局や取引先に対してファシリテーション・ペイメントやコンサルティングフィーといった名目で費用を支払っているケースが散見される。贈賄はベトナム刑法でも違法と規定されており、支払先・金額・支払頻度などによっては贈賄罪に該当する可能性がある。特に、こうしたペイメントが対象会社のビジネスに不可欠となっている場合、コンプライアンスリスクが非常に高く、ディールキラーになり得る点に留意が必要である。
社会保険料(SHUI)の過少申告
ベトナムでは、従業員の基本給に給与性の固定手当を加えた額を基礎として、会社負担分21.5%、従業員負担分10.5%程度の社会保険料を拠出する必要がある。しかし、労働契約や給与スキームを調整することで、社会保険料対象となる給与を見かけ上少なくし、納付を回避する事例が見られる。社会保険料の問題は、是正により人件費負担が大幅に増加するだけでなく、労働契約の変更を伴うため、従業員への説明や交渉が必要となる場合がある。このため、買収後の事業計画への影響を慎重に検討する必要がある。
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