
今の試行錯誤が企業の寿命を長くする。「渋滞学」から見る、AI時代に問われる人間の本質とは
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業務改善の現場でよく語られがちな無駄の削減ですが、そもそも無駄とは何なのか。この定義がない状態では無駄は減らせないと西成活裕氏は語ります。
本記事では「渋滞学」を専門とし、東京大学 大学院工学系研究科の教授を務める西成氏に、無駄の定義から部分最適から脱却し全体最適の視点を養う意義について幅広く話を伺いました。
AIの普及が加速する時代において人間が担うべき価値とは何か、試行錯誤のなかから生まれる知恵の重みとは。社会のあらゆる流れのつまりの解消に挑む「渋滞学」の知見の有用性について探ります。
(前編はこちらから)
目次
無駄をなくす前に「何のためにやっているのか」を問い直す
西成:多くの組織で業務改善が進まない原因は、そもそも無駄の正体が見えていないことにあります。無駄をなくそうと躍起になる前に、まず「無駄とは何か」を定義する必要があるのです。
私が提唱する無駄の定義は2つあります。1つ目は「目的がはっきりしていないこと」です。仕事の目的があいまいだと、その業務自体が無駄になってしまう危険性があります。多くの組織が陥りやすいパターンは、目的と手段がズレているケースです。
例えば、「働き方改革」本来、生産性向上や従業員満足度向上のための手段ですが、それを実施すること自体が目的化しやすい、といった事例が挙げられます。本来の目的は生産性を高め、従業員の満足度を上げることですが、目的が不明瞭だと無駄が発生してしまいます。このような目的と手段のズレの度合いが、無駄なことにつながるのです。つまり、目的が決まらない限り、無駄の定義も絶対に決まりません。
業務改善を進める際は、まず業務の目的を明確にすることが大切です。そして、その目的に照らして無駄な作業がないか見直してみてください。「何のためにやっているか考える」という基本に立ち返ることが、何より大切だと私は考えています。
「今できないことは、将来の武器になる」期間設定のズレが無駄の判断に矛盾を引き起こす
西成:続いて、2つ目の無駄の定義は「期間設定のあいまいさ」という観点から判断します。同じ業務であっても短期的な視点と長期的な視点では、無駄かどうかの判断が変わってきます。実は「いつまでに達成するか」という期間設定が共有できていないと、取るべきアプローチが真逆になってしまうこともあるのです。
例えば、経営者は短期的な業績を上げようとして採算が取れない事業をどんどん切っていくことがあります。これは確かに短期的な財務諸表は改善しますが、長期的な目線ではどうなのかを考えてみてください。どの会社にも言えることですが、今できていないことは将来のチャンスとも捉えられます。簡単にできることは競合他社もできてしまう一方で、頑張ってもなかなか実現できないことは他社にもそう簡単にはできないのです。
つまり、そのような試行錯誤のプロセスを避けてしまっていると、10年後や20年後に会社としての武器がなくなってしまう可能性があります。
目先の数字だけを追う組織は、10年後に立ち行かなくなる
西成:試行錯誤の時間は短期的に見ると無駄に見えるかもしれませんが、10年先を見ると人も育ち、企業内にノウハウも蓄積することで非常に有益なものになります。そういった意味で、最近の日本企業は掲げる目標の「期間設定」が短すぎると私自身は感じることが多いです。
目先の利益や効率を追い求めるあまり、長期的な成長の芽を摘んでしまっては元も子もありません。短期間で業績や株価を上げて10年後潰れてしまう企業と、今は少し苦労しているけど10年後も存続する企業ではどちらが良いでしょうか。会社が長く生き残るには、目標設定における時間軸のバランス感覚が大切になります。

AI時代に価値がある、人間だけが得られる失敗という経験
西成:短期的な業務効率化の手法に、最近のトレンドであるAIの活用が挙げられます。AIの進化のスピードは凄まじく、私も世界中の論文を毎週チェックしていますが、2027年頃にはほとんどの仕事がAIに代替されるのではないかと危惧しているほどです。大学教授という仕事も、ただ学生たちからの質問に答えるだけでは生き残れないと考えています。
そこで考えなければいけないのは、「AIにはできないこと」です。人間にしかない価値のひとつが、先ほどの「試行錯誤」から得られた「知」です。特に試行錯誤を通して経験したうまくいかなかった経験は、失敗した人にしかわからない財産になります。
私は大学で東大生を教える立場でもありますが、時々「学生からの質問は怖くないですか」と聞かれます。しかし、私は教えることに対して怖さは感じません。なぜなら、自分がすでに同じことを何度もやってきていて、9割9分は自分で考え抜いて失敗した経験があるからです。「実際に経験した失敗」というのは、人間が試行錯誤をするプロセスでしか得られない価値であり、AI時代にこそ重要視されるものだと考えています。
全体最適にシフトするには。組織での自分をどう捉えるか
西成:「渋滞学」の考え方を組織に適用する上で重要なのが、「部分最適」から「全体最適」への視点の転換です。全体最適には大きく分けて「空間」と「時間」の2つの視点があると考えています。
多くの組織では、各部署や個人が自分の目的や期間にとらわれすぎるあまり、全体の流れを見失っていることが多いです。例えば、大企業などでは営業部門の方は営業部だけ、製造部門の方は製造だけ、という風に自分のことだけを考える傾向にあります。会社という大きな船にみんなで乗っているはずなのに、自分のことだけ考えてしまうと「全体最適」にはなりません。
各部署や個人の時間設定がズレていることでも、部分最適に陥るケースは多発しています。先ほども述べたとおり、10年先、20年先を見据えた長期的な目標と、短期目標では取るべき施策が逆になるためです。これを全体で見ると部署間での矛盾につながり、全体最適が実現しなくなります。
だからこそ、リーダーは「全体最適」の視点を持ち、社員との対話を通じて、その視座を組織全体に浸透させることが大切です。ある会社では新入社員に経営会議に参加する機会を設け、若いうちから組織全体を見る俯瞰力を養うことに力を入れています。

“敵に塩を送る”という利他の発想が、組織を強くする
西成:全体最適に達した人は「利他の心」の重要性に気付きます。つまり、自分の利益だけでなく他者や社会全体の利益を考えるといった、いわば”敵に塩を送る”気持ちが大切なのです。
多くの企業は「協調」と「競争」の線引が曖昧ですが、利他の心を持つことで目先の損得にとらわれなくなります。多少の犠牲を厭わず、将来の成長や社会貢献を優先できるようになるのです。
利他の心は、組織をワンチームにまとめる力も持っています。自分さえ良ければ大丈夫という利己的な考えでは、部門間や企業間の壁は越えられません。お互いを思いやり、尊重し合う心を持つことで、初めて組織は一つになれるのです。経営者には、この利他の心を率先して示すことが求められます。自らリスクを取り、困難な決断を行う。そうした行動を通じて、利他の心を組織に根付かせていく。それが、リーダーの最も重要な仕事だと私は考えています。
「損して得を取る」「渋滞学」の考えは、今日から実践できる
西成:「渋滞学」の知見は、今日からでも仕事や組織運営に応用できます。まずは「待ち時間」という普遍的な無駄をなくすことです。また私はよく逆転の発想をしますが、「どうやったら自分の会社が損するか」を先に考えてみてください。
「損して得を取る」という言葉があるように、先に取った損は将来どこかで回収することができます。短期的な目線だけで考えるのではなくて長期的な目線を持ち、少しずつでも良いので全体最適の視点から業務効率化に取り組んでみてください。
(前編はこちらから)
取材・文:小町ヒロキ
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