違和感をチャンスに変える!AI時代の失敗学活用術
- 業務プロセス
- # インタビュー
最終更新日:
公開日:

前編では失敗学の基本概念と、違和感をボトムアップで発信する実践事例を紹介しましたが、違和感の活用はリスク防止にとどまりません。同じ「違和感」でも、それを大きなチャンスとして捉えることもできるのです。
また、AI技術の普及により失敗予測の精度は飛躍的に向上していますが、一方でデータの質や悪意ある情報への対策も重要な課題となっています。東京大学名誉教授・中尾政之氏に、違和感をチャンス発見に活かす方法や経営者が知っておくべきリスク管理の考え方について詳しく聞きました。
(前編はこちらから)
目次
違和感がチャンスの発見につながる理由と実践方法
——違和感に気づくことの利点は、リスク防止以外にありますか?
中尾:リスクを防ぐ能力のある人は、同時にチャンスも獲得できる傾向にあります。同じ「違和感」でも、それを脅威と見るかチャンスと見るかで、結果は大きく変わるのです。
例えば、人を観察する能力に優れている人は、相手の機嫌や状態を察知することができます。「朝は機嫌が悪い」「この時間帯は電話をしない方が良い」といった判断ができる人は、リスクを回避するだけでなく、適切なタイミングでアプローチすることでより良い成果を得ることができるのです。
——研究の現場でも、違和感がチャンスにつながることはあるのでしょうか。
中尾:研究では「なんか変だな」という感覚が大発見につながることがあります。違和感に気づく力はリスクへのセンサーとしてだけでなく、新しいヒントを得るセンサーにもなります。マニュアル通りに言われたことだけをやっていたら、大発明を見過ごしてしまう可能性もあるかもしれません。
感度を高めるための訓練として、学生には「来週までに変だと思ったものを写真10枚撮って説明する」という課題を出すようなこともしていました。海外から来た留学生は文化の違いから多くの違和感を感じ取り、たくさんの写真を撮る傾向にあったのはすごく印象的でした。
——違和感を感じにくい学生に対してはどのようなアプローチをしていたのですか?
中尾:研究会では、日常的なコミュニケーションの中で「今週あなたが面白いと思ったことを3つ話してください」という機会を設けるようにしていました。「あそこのラーメンがおいしかった」など、どんなことでも構いません。最初は「感動したものはありませんでした」と答える学生もいますが、違和感を言語化して共有する習慣をつけることで、だんだん感度が高くなってきます。これは、大発明を見過ごさないためにも重要な能力だと考えています。
AI時代に求められる「感度の高い人材」育成術
——AI技術の普及により、失敗予測の精度が向上していると聞きますが、実際にはどの程度まで可能になったのでしょうか。
中尾:AIの発達により、ほとんどの失敗パターンは事前に予測できるようになりました。始末書のような記録をデジタル化すると、大企業であれば数千件のデータが集まります。95%の失敗が既知の原因によるものなので、その予測は膨大なデータを処理できるAIの得意分野です。
また、AIを有効に活用するためには質の高いデータを学習させることも大切です。しかし、さまざまな人の考えを収集してデータ化する際、データの質には注意しなければいけません。特に悪意を持った人が不適切なデータを入力すると、データ全体が悪影響を受ける可能性もあります。
——大企業のような高度なAIシステムを導入できない中小企業では、どのようなアプローチが有効ですか?
中尾:中小企業では、そうしたシステムに多額の投資をすることは現実的ではないでしょう。しかし、精神論に偏ってしまっては失敗の再発防止はできません。中小企業にとって最も現実的なアプローチは、違和感に気づく「感度の高い人材」を育成することです。
感度を高めるためには、従業員自身が積極的に多様な体験を積むことが重要です。旅行や読書、映画鑑賞など、身近な体験からでも十分に刺激を得られます。少しでも「面白そう」という好奇心が湧いたときに、実際に行動してみる。そうした習慣があれば、自然と違和感への感度が高くなっていくでしょう。
失敗を恐れずに挑戦する!正しいリスク管理の考え方
——失敗というものに対して、どのようなマインドセットを持てばいいのでしょうか。
中尾:事業活動を行っている以上、ヒューマンエラーは必ず発生するものです。そして、精神論で失敗をおさえこむのではなく、失敗を防ぐための仕組みづくりが大切になってきます。
失敗が起こった時にやるべきことは、失敗をした人を責めることではありません。それよりも「なぜそのようなことが起きたのか」「なぜ失敗を未然に防ぐことができなかったのか」という原因を究明しようとする姿勢を持つことが重要です。
——経営者はリスクと安全対策をどのように判断すべきでしょうか?
中尾:これは経営判断の根幹に関わる問題です。例えば、安全装置を設置して事故を防ぐコストと、事故が発生した際の補償金や株価下落などの損失を比較して、どちらが得かを冷静に判断する必要があります。
現在では、どのような事故を起こしても補償金が高額になる傾向にあります。したがって、事前に安全装置を設置した方が、結果的に企業にとって有利になるケースがほとんどです。ゼロリスクは存在しませんが、できるだけゼロに近づけるための投資判断が経営者には求められます。
過度に失敗を恐れて立ち止まるのではなく、リスクを正しく管理しながら挑戦する姿勢こそが、これからの時代に必要な考え方です。
まとめ
AI時代を迎えた今、失敗学は従来の「防止」から「活用」へと大きく転換しています。それに加えて、人間の違和感を感じ取る能力は、リスクを回避するだけでなく、新たなチャンスを発見する重要な要素となるのです。
組織においては、ボトムアップで違和感を共有できる文化の構築と、デジタルツールを活用した効率的な情報収集システムが求められます。中尾氏が提唱する新しい失敗学のアプローチは、不確実性の高い現代において、企業の持続的成長や競争優位の確立に欠かせない要素と言えるでしょう。
(前編はこちらから)
取材・文:小町ヒロキ
最新記事


