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95%の失敗は予測できる!失敗学が教える違和感の重要性

95%の失敗は予測できる!失敗学が教える違和感の重要性

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「同じ失敗を繰り返してしまう」「マニュアル通りにやっているのに事故が起きる」。多くの組織が抱えるこのような課題に、「失敗学」のアプローチが注目されています。失敗学とは、失敗を隠すのではなく組織の学習材料として活用して同じ過ちを繰り返さないための仕組みを構築する学問分野です。

東京大学名誉教授で失敗学の第一人者である中尾政之氏は「違和感を起点とした仮説生成」という新たなアプローチを提唱しています。具体的な事例を含めて、失敗学を活かした企業の取り組みについて詳しく話を聞きました。

失敗学とは何か?東大名誉教授が解説する基本原理

——中尾先生のこれまでのご経歴、そして「失敗学」研究に携わった背景について教えてください。

中尾:私は東京大学工学部の機械工学科を卒業した後、エンジニアとしてのキャリアを歩み始めました。新卒で日立金属株式会社に入社し、日本国内およびアメリカの工場で9年間勤務。その後、東京大学に戻り、生産技術の講座を担当することになりました。

私は長くハードウェアの設計者をしていたので、設計の指南書のようなものを畑村先生と執筆していました。その本の中で「失敗に学ぶ」というシリーズを書いたのが、失敗学のスタートです。その後、畑村先生が執筆した『失敗学のすすめ』という著書が15万部を超えるベストセラーになり、それをきっかけに失敗学という学問分野を確立したのです。

——企業での現場経験が失敗学研究にどのような影響を与えましたか?

中尾:現場での経験がなければ、今の研究はなかったかもしれません。現場での経験は、今のキャリアにもとても活かされていると感じています。

実際の仕事においては何かのミスが起きると個人の責任を追及するようなことが起こりうると思うのですが、「何が悪かったのか」という原因そのものに常に目を向けることの重要性を痛感しています。その理由は、改善すべきは個人ではなく、ミスを生む仕組みやシステムだと考えていたためです。

そのスタンスは今も変わらず、「なぜ失敗が起きたのか」「なぜ安全装置が機能しなかったのか」といった本質的な問いを常に持つようにしています。この考え方は失敗学の原因を究明する姿勢と一致するのです。

「予想外で起こる失敗」は全体のわずか5%しかない

——失敗学の基本的な考え方について改めて教えてください。

中尾:失敗学の根幹には2つの法則があります。第一に「人間は同じような失敗を繰り返す」という有限・反復の法則、そして第二に「人間は熟慮すれば失敗を予測できる」という予測可能の法則です。

実際に失敗事例を1,200件ほど収集・分析したところ、「こんなことが起きるとは人類は誰も知らなかった」という未知の失敗は全体の5%程度に過ぎませんでした。残りの95%は既知の原因によるものだったのです。また「予想外」と言われる失敗でも詳しく調べれば必ず予兆があり、考えれば防げたものがほとんどなのです。

——失敗学における「失敗知識のナレッジマネジメント」とは具体的にどのようなものでしょうか?

中尾:「失敗知識のナレッジマネジメント」とは、失敗を個人の経験で終わらせず、組織の知的財産として蓄積・活用することです。失敗事例を収集し、原因を分析し、パターン化して、誰もが学べる形にする。データベース化することで、『この状況では過去にこんな失敗が起きている』と事前に予測できるようになります。重要なのは、失敗を責めるのではなく、次に活かすための資産として扱うことだと考えています。

「こうすればうまくいく」という成功談は、実はあまり参考にならないことが多いのです。むしろ「こうすると失敗する」という話の方が、人は真剣に耳を傾けます。だからこそ私は歴史から失敗事例を重点的に収集し、その原因や防ぎ方を研究していました。もちろん成功事例も調べていますが、『失敗百選』という本のように、一般的な歴史書よりも失敗事例を多く扱うことで、より効果的な学習ができると考えています。

「違和感を起点として仮説をつくる」という新しいアプローチ

——近年、失敗学のアプローチが変化していると伺いましたが、その背景は何でしょうか?

中尾:実は、従来の「失敗知識のナレッジマネジメント」には限界があります。実際に「こうしたらこういう結果になる」というシステムを構築しても、失敗を半分程度にしか減らせないのです。その理由の一つが、多くの人がその失敗の潜在的なリスクに気づけていないという点です。そこで、「違和感を起点として仮説をつくる」という新しいアプローチが必要だと考えるようになったのです。

大きな失敗の前には、必ず小さな兆候があります。それは「何かおかしいな」「いつもと違うな」という違和感です。この段階で気づくことができれば、大きな失敗を防ぐことができます。

重要なのは、違和感を感じたらそれで終わりにするのではなく、「もしかしたらこういう問題が起きるのではないか」という仮説を立てることです。この仮説・検証のプロセスこそが、失敗予防の鍵となると考えています。

——具体的な事例などがありましたら、具体的に教えてください。

中尾:ある飛行機会社の墜落事故は、その問題を象徴する出来事だったと考えています。実は、別のパイロットが操縦していた飛行機で同じような機械的トラブルが発生した際には、乗客全員を生還させることができました。この両者の違いは何だと思いますか?
その違いは、パイロットが「自動装置が壊れているのではないか」という違和感を感じ取り、手動操縦に切り替えたかどうかです。ある飛行機会社の墜落事故は、経験の浅いパイロットが自動装置に依存しすぎた結果だと言えます。

この墜落事故の教訓は、ただマニュアル通りに動くのではなく「おかしいな」と感じたときに自分なりの仮説を立てて対応するだけで、結果が大きく変わる事例の一つだと考えています。飛行機の写真

現場からの情報発信が事故を防ぐ、大手鉄道会社のボトムアップ型安全管理

——現場の違和感を組織の安全管理に活かしている企業の取り組み事例を教えてください。

中尾:大手鉄道会社の取り組みが非常に優れた事例です。同社では約6年前から画期的なシステムを導入しています。自社の従業員と協力会社の作業者全員にタブレットを配布し、作業中に「何かおかしい」と感じたら、その場で写真を撮って安全管理部門に送信するという仕組みです。

具体的には、作業員が山崩れや土砂崩れの兆候を感じた際に、「この部分が盛り上がったような感じがする」「滑った跡が見える」といった違和感を写真で報告します。この施策は事故予防という観点では非常に効果的でした。

——従来の安全管理と比べて、どのような点が革新的なのでしょうか?

中尾:最も革新的な点は、トップダウン型からボトムアップ型へ転換した点です。従来の安全管理は上層部からデータや指示を伝達するものでしたが、このシステムは現場からの情報発信を重視しています。Slackなどのコミュニケーションツールの登場によって、報告のハードルが大幅に下がっている点も重要です。このようなデジタル技術による利便性の向上によって、現在は同様のシステムが多くの製造現場などで導入されています。

まとめ

失敗や事故が発生したときに重要なのは、人を責めることではなく、原因を探ることです。95%の失敗は既知の原因によるものであり、事前の違和感を見逃さなければ防ぐことができます。大手鉄道会社の事例のように、現場の違和感をボトムアップで収集する仕組みを構築することで、重大な事故を未然に防ぐことも可能です。

後編では、違和感をチャンス発見に活かす方法や、AI時代における失敗学の進化について詳しく解説します。

取材・文:小町ヒロキ

話し手
中尾 政之
東京大学名誉教授
東京大学産学協創推進本部特任研究員
産業技術総合研究所プロジェクトマネージャー

東京大学工学部卒業後、日立金属株式会社で磁気ディスクや磁気ヘッド開発に従事。1992年から東京大学で教授として生産技術、ナノ・マイクロ加工、創造設計と脳科学、失敗学の研究に取り組む。2024年4月より現職。失敗学の第一人者として『失敗百選』『失敗は予測できる』など多数の著書を執筆。事故や失敗の予防に関する研究成果を社会に広く還元している。