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高市外交の行方 日本企業をめぐる地政学リスクはどう変化するか

高市外交の行方 日本企業をめぐる地政学リスクはどう変化するか

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史上初の女性首相となる高市早苗氏の就任は、日本企業を取り巻く地政学リスクに新たな変化をもたらす可能性がある。党内右派・保守強硬派として知られる同氏の強固な「国益堅持」路線は、日米同盟を強化する一方で、日中・日韓関係の冷え込みや中国による経済的威圧のリスクを高める懸念もある。日本企業はこの環境変化を的確に捉え、サプライチェーンの脱中国依存や強靭化、そして戦略的レジリエンスの構築を急ぐ必要がある。

高市首相の誕生がもたらす国内外への影響

2025年10月、高市早苗氏が自民党の新総裁に選出され、史上初の女性首相となった。党内右派に属し、保守強硬派として知られる高市氏の登場は、国内外で大きな議論を呼んでいる。とりわけ地政学的リスクが高まる現代において、その政治信条が日本の外交・経済政策にどのように反映されるのか、そして日本企業を取り巻く環境がどのように変化していくのかは、喫緊の課題として注視すべき点である。

高市氏の政治姿勢は、一貫して「国益の堅持」と「保守的価値観の擁護」を柱としている。外交・安全保障の面では、国境・領土・資源・主権を守り抜くという強固な意志を示し、そのために「総合的な国力の強化」を提唱してきた。その中核にあるのが、日米同盟を軸とした「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の推進であり、アメリカをこの地域に強く関与させ続けることが日本の責務であるとの立場を取っている。また、ロシア、中国、北朝鮮といった勢力との対峙を前提に、主体的な外交と抑止力の強化を掲げており、その方針は石破前政権よりも一段と明確な「タカ派」色を帯びているといえる。

保守強硬路線の展開:日中・日韓関係の冷え込みと経済的圧力のリスク

高市氏がその保守強硬路線を外交の最前線に持ち込んだ場合、最も懸念されるのは日中・日韓関係の冷え込みである。中国では、高市氏の登場を「安倍時代の対中強硬姿勢の再来」と警戒する声が上がっており、「右派の象徴」として受け止められている。また韓国でも、高市氏の政治的立場を「極右」と評し、日韓関係の悪化を懸念する報道が目立つ。

高市氏が靖国神社への参拝を実行に移す可能性や、歴史認識問題で強硬な姿勢を崩さないと見られている点は、中韓両国にとって大きな懸念要因となっている。これが現実化すれば、改善傾向にあった日韓関係は再び冷え込み、特に経済的結びつきが深くサプライチェーン上でも重要な位置を占める日中関係は、さらなる緊張と後退のリスクに直面するだろう。

中国が政治的な不満を経済的圧力として行使する「経済的威圧」に踏み切る可能性も、無視できない地政学リスクである。具体的には、レアアースなどの輸出規制、特定の日本製品に対する不買運動の煽動、通関手続きの厳格化など、目に見えにくい形での経済的措置が日本企業を直撃する恐れがある。巨大な市場と生産拠点を中国に持つ日本企業にとって、こうした非市場的な圧力は事業継続性を揺るがす重大な脅威となる。

現実路線への調整:リスク緩和の可能性

一方で、高市氏が首相という立場から日本の国益を現実的に捉え、保守路線からある程度トーンダウンした姿勢を示すシナリオも考えられる。尊敬する政治家としてマーガレット・サッチャー元英首相の名を挙げていることからも、理念と同時に「鉄の女」としての現実的な政治手腕を発揮する展開は十分に想定される。首相としての役割は、党内の特定勢力のシンボルであること以上に、国家全体の運営と経済的繁栄の維持にある。外交においても、強硬姿勢を基調としつつ実利を重視する姿勢を示せば、日中・日韓の経済関係に過度な緊張が生じることを回避できる可能性は高い。

もっとも、高市氏の外交路線の中核にある「対米関係重視」は、中国との関係において依然としてリスク要因となり得る。日米の結束が強まり、経済安全保障や先端技術分野で対中規制が強化されるほど、中国側の日本に対する不満は高まり、経済関係の後退を招く懸念が残る。高市氏が掲げる「国産資源開発」や「国際資源共同開発」への積極的な投資は、地政学リスクに備えたサプライチェーン強靭化策であり、中国への過度な依存を減らす「デリスキング」の流れを一層加速させると見られる。

日本企業が取るべき戦略:サプライチェーンの強靭化と複線化

高市氏の登場は、日本企業に対し、地政学リスクの「常態化」を改めて意識させる契機となる。企業は、政治の動向に左右されやすい国際情勢を「外部環境の変化」として捉え、それに耐えうる事業戦略を構築することが急務である。なかでも最も重要となるのは、米中双方に過度に依存しないサプライチェーンの構築、すなわち強靭化と複線化である。

 脱中国依存の加速と代替地の確保

中国市場の魅力は依然として大きいものの、地政学的リスクを踏まえれば、生産拠点や調達先を東南アジア、インド、あるいは国内に分散させる「チャイナ・プラスワン」戦略を一層加速させる必要がある。特に、経済安全保障上重要な特定重要物資や基幹インフラに関連する分野では、この動きを不可逆的に進めるべきである。高市氏が掲げる国産資源開発への投資は、この流れを後押しするものとなる。

 外交ルートとロビー活動の強化

政府レベルで緊張が高まる局面では、企業自らが独自の外交ルートやネットワークを強化し、現地政府や関係者との信頼関係を維持・構築することが重要となる。経済団体や商工会議所を通じたロビー活動、さらには政府間対話とは異なる「トラック2(非政府レベル)」での対話を通じて、ビジネス環境の安定化に努める必要がある。

レジリエンス(回復力)の向上

予期せぬ輸出入規制や経済的威圧措置に迅速に対応できるよう、緊急時対応計画(BCP)の策定は不可欠である。在庫水準の見直し、代替部品の確保、異なる法規制への対応力の強化など、サプライチェーンの「粘り強さ」を高める投資が求められる。

高市首相の誕生は、日本の外交・安全保障政策が保守的な方向へ舵を切る可能性を示唆している。その影響は、日中・日韓の経済関係の緊張という形で日本企業を直撃するおそれがある。したがって企業は、政治的な波乱に備え、自社の事業基盤における「地政学的リスク耐性」を抜本的に強化することで、持続的な成長を目指す必要がある。高市政権下で日本企業に求められるのは、変化を予測する洞察力と、変化に動じない「戦略的レジリエンス」である。

執筆者
和田 大樹
株式会社Strategic Intelligence
代表取締役社長 CEO

専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。

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